第169話 暗躍
各街の街長からの陳情と言う形でガーター辺境伯領の内情を知ったアガーム8世。
聞いた直後は激怒しそうになったが、仮に自分が同じ立場であればどうだろうかと自問して、同じ道を辿るかもしれないと結論付くとその怒りも収まった。
しかし、為政者としては同情しても温情はない。
宰相や騎士団長を呼び寄せて、御前会議を開く。
「さて、皆もガーター辺境伯領の実情は聞いたことと思う。
その上でどうやって対応するかを決めたい」
御前会議の司会者となる宰相の号令も待たずして、呼び掛けるアガーム8世。
無自覚であるが焦りで気が急いでいるようだ。
しかし、先代や先々代と違い、穏健派でやって来た王がいきなり本題に入ったことに収集された者達は王の怒りの深さを臆測で計る。
「ガーター辺境伯を招致して釈明させましょう!」
宰相が過激な意見を言えば、
「いえ、ここは軍を率いて懲罰を!」
騎士団長は更に過激な発言をする。
裏にはガーター辺境伯への影響力を増したい宰相と戦功を挙げたい騎士団長の本音も隠れている。
「まあ待て。
儀典長にも調べさせたがガーター家の行いは、辺境伯位に認められる権限の中で行われている。
…そうだな?」
「はい。
まず、徴税額の変更ですが、領地貴族が自分達側の徴税額を変更出来るのは元々の権利です。
もちろん王国の徴税額と偽れば重罪ですが、今回は該当していません。
…昨年徴税額を変更していたなら、王国に連絡が有っても良いのですが、それがなかったことを責める権限はありません。
慣例無視ですので心証は悪くなりますが、罰則に該当しえませんね」
秘書のように控えていた儀典長が促されて説明を始める。
しかし、儀礼や慣習法を重視する儀典長として、グレーゾーンであるとも報告する。
「あくまでも向こうの好意で徴税額変更の報告を貰っていたと言うことだからな。
…続けろ」
「はい。
次いで徴税が完了していない土地への治安維持隊派遣差止めですが、これは仮想敵国と国境を接する辺境伯家に特別に設けられた制度です。
他国と国境を接していても侯爵や伯爵家には認められませんので注意が必要ですが…。
敵対勢力と拮抗している場合は国境付近の村が相手勢力との間を行ったり来たりする可能性があり、それに伴う負担を軽減するために設けられました」
「うむ。
それは例えば来年からマウントホーク家に属するから今年の分をワザと遅らせる。
催促がなければ、そのまま1年ただで治安維持の恩恵を受けて、翌年からマウントホーク領になると言うことか?」
騎士団長が例えを出して確認する。
「はい。
実際300年ほど前にアンテスタ辺境伯領で同じようなことがあり、彼の家が困窮したと記録に有ります」
「アンテスタと言うと現在の北部オドース侯爵家のことだな?」
王国史に詳しい宰相が確認する。
「そうです。
後に当時のケランディック王国併合を成功したことで脅威度が下がり、現在のオドース侯爵位となりました。
しかしその時の遺恨からか或いはケランド地方の者の特徴なのか。
助命され代官となったケランディック王国の王女は、その孫が住民達を煽ってケランド王国として独立しました」
儀典長の説明にも苦々しい思いが滲み、聞いていた者達も忌々しそうな表情となる。
辺境伯位から侯爵位への変更で独立のチャンスを与えた。
それは中興の祖と讃えられ、アガーム1世と名乗ることを許容された賢王が晩年に犯した数少ない失策の1つと言う認識の出来事だった。
「儀典長」
「申し訳ありません。
とにかく、ガーター卿の行いはギリギリとは言え合法です。
招致や懲罰は難しいでしょう」
アガーム8世は話を脇道へ反らした儀典長に注意して、話を戻す。
「…陛下のお考えは?」
宰相が尋ねる。
ガーター辺境伯のやり方は法のギリギリ内側と言えど、誉められたものではない。
しかし、責めることも難しい。
そのため主君の意向を仰ぎ、そのための努力をするが臣の務めと考えたのだ。
「現状では何もしない。
ロッセオの街長達には冒険者を護衛に雇うための助成金を出すくらいしか出来ない。
だが、ガーター辺境伯家がマウントホーク家に宣戦布告をしたら…」
「ガーター家へ出兵を?」
「要らん戦争を起こした懲罰が必要だろう?」
「「なるほど」」
王の意向に納得する宰相と騎士団長。
誰も宣戦布告しない可能性を考慮しない。
…しないなら、したことにすれば良いだけだから。
「戦後処理として、エイト、ギンダーの街を取り上げてマウントホーク家への賠償とする」
「銀山の銀を効率よく運ぶには『小鬼森林』の解放が必要ですな?」
「うむ。
仮に目先の銀に囚われずとも、領内の銀山が荒らされては沽券に関わるからな」
「防衛のためには軍の機動力確保が重要ですね」
「そうだ。
そして、エイトから南にはメイブーブ、東にはロッセオがある。
街道が通り、危険な峠をあの家が管理してくれるなら」
「それに越したことはありません!」
街道が通るのに治安維持費を出さなくて良い宰相が大喜びをして、
「ギンダーから東に走る風の街道を通れば、オドース侯爵家とも商路が拓きますな!」
風の街道沿いに実家がある騎士団長も賛同した。
「…さしずめ、銀の風の街道。銀風街道と言うのはいかがでしょう?」
「気が早いぞ。
半分は向こうの領地だからファーラシア王国に命名権がある。
…が、『新しい友人』に手紙は書いておいてやろう」
街道の命名は功績として、未来まで残るその権利を得られそうだと儀典長が気の早い命名をすれば、アガーム8世も笑いながら嗜めた。
勝てない相手に挑む気概より仲良くして利益を得ることを優先するのが信条の国王だった。
なお、手紙を受け取った『新しい友人』が頭を抱えたのは蛇足である。
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