第168話 ラガート伯爵家からの手紙
ラガート伯爵の嫡男バーン・ラガートから手紙が届いた。
それ自体は不思議ではない。
状況的にウチを糾弾してくるのが当然だ。
問題はその中身、
『我々、ラガート伯爵家は確執はあれど当主を丁重に扱ってくださったマウントホーク家に感謝し、伯爵家当主足る父の死を蔑ろとする南部諸侯へ抗議申し上げる。
また王国に忠義を誓う貴族として、正義に従い貴家にご助力する』
早い話がマウントホーク家に付くと言う書状が届いた。
「…罠ですね」
「だよな」
ベストリアとの話し合いは罠だろうと言う意見で一致した。
これが王国軍とかの援軍が到着した後であれば、日和った可能性もあるが、現状はマウントホーク対南部貴族連合の状況である。
この状況で味方するのは旨味がないにもほどがあるだろう。
「どういう戦略だと思う?」
「マウントホーク軍の砦放棄を目的としているのでしょう。
加えて待ち伏せによる奇襲でしょうか?」
「そうだな。
仮に待ち伏せを突破しても、こっちはラガート伯爵家の本拠地に入っていくわけだし…」
「暗殺し放題ですね」
待ち伏せと言う戦術が難しいのは、敵の進路や行軍時間が分からないからだ。
しかし、内通者がいればこれほど効果的な戦術もない。
加えて、ラガート伯爵家の本拠地では毒を盛るでも暗殺者を引き込むでも容易に出来るし、犯人は幾らでも用意出来るだろう。
しかし、
「俺が死んだりすれば、有耶無耶になると思ってるのか?
水晶街道の整備に投資している連中が激怒して南部を壊滅させるかもしれないぞ?」
「少なくともラガート伯爵領は女子供に至るまで皆殺しでしょうね」
「だよな?
むしろなかったことになる気がする」
ラガート伯爵領の街や村を解体して、その資材を水晶街道の整備に利用するくらいはするだろうし、そうなれば、ラガート領そのものが"無かった"ことになるだろう。
残った南部貴族も賠償金代わりに賦役を課せられるだろうし、良いことは何もない。
「…目先の勝利に目が眩んでいるのでしょうか?」
「かもな。
しかし、妙手ではある。
…面白いよな。
仇を恩で返したラガート伯爵家と風評はうなぎ登りになるだろう。
向こうが救援を依頼してきたら、助けないわけにはいかないだろう?」
そんなことをすれば南部閥は、ここぞとばかりに吹聴するはずだ。
『マウントホークは寛容を示したラガートを見捨てた。
本当に信用出来るのか』
と。そうなれば親マウントホーク勢力の上層部はともかく、下位者は不安になる。
絶対に避けないとならない。
「そこで待ち伏せにあった辺境伯軍は運が悪かったと言うわけですね?」
「そうだな。
それを突破したら、ラガート伯爵家は辺境伯軍を街に誘い込んで包囲殲滅するでも良いし、戦況を見てマウントホーク軍に付いても良い」
「南部を裏切るので?」
「現在の立ち位置がマウントホーク側だから表向くって言うべきかな?
どちらに転んでも損はない状況になる」
「どうなさるので?」
ニヤニヤ笑いに気付いたベストリアが半眼で睨んでくる。
騎士としての経験が長い彼女にとってはこういうコウモリ外交の人物は嫌いだろうが、俺としてはこういう奴ほど信用出来る。
…利害が一致していれば裏切らないのだ、正義だの何だのほざくアホは利害を無視して感情で動くから信用出来ん。
後は目の良さだけだな。
「向こうの救援要請に応じて援軍を出す」
「そうなりますよね。
死兵を出すしかないのでしょうか?」
嫌そうな表情で問い掛けてくる。
裏切られれば死ぬ可能性が高い。
かといって、弱卒ばかりでは裏切られるリスクが大きくなるから、裏切りに会うことを覚悟して捨て駒を出すのが上策。
その捨て駒の最有力は彼女の部下だからな。
「死兵は出さない。
出すのは1人」
「……正気ですか?」
「余裕だろう。
向こうにドラゴンスレイヤーでもいるなら別だが?」
俺が1人だけで向かうと言うアホな作戦。
決行すれば脳筋辺境伯の名は免れないだろうが、最善手であることだけは間違いない作戦だった。
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