第166話 泣きっ面に蜂

 ケトーネ村に砦を築く書状を送った返事には、追加の問題が記されていた。

 隣のガーター辺境伯領で複数の街が武装蜂起し、その庇護を我が家に求めてきたらしいのだ。

 詳しい事情を知る者を一緒に送るとあったのでその者を呼ぶ。


「失礼いたします。

 自分はメイブーブ街長のラゲンと申します。

 本日はマウントホーク辺境伯様に折り入ってお願い致したき事柄があり、謁見を願い出た所存で…」

「堅苦しい挨拶はいい。

 メイブーブってのは、ガーター領でもそこそこ大きな街だと聞くが?」


 シュールが書き付けたメモ書きの内容を再確認する。


「はい。

 我々の街はガーター領で3番目に大きな街でございます」

「そんな大きな街の街長が何のようだ?」

「はい。

 誠に勝手ながら我々の街を閣下の領地へと編纂していただきたく…」


 とある魔法少女のマスコットの台詞が頭を過る。

 『訳が分からないよ』っと。


「なぜそうなる?」

「最近、ガーター領各地では街道に魔狼が出没し、流通網が大きく損なわれております。

 無論、平原を解放された閣下の功績を卑下するものではございません!

 魔物が領地に現れるのは良くあることであり、それから領地を守るのが領主の務めでございますれば…」


 魔狼と聞いて、一瞬反応したことを取り繕うラゲンだが、俺自身はそんなことを気にしていない。

 コイツが言うように必要なら追い払うべきで、その責務を果たすために、貴族は徴税して軍を維持しているのだ。

 金は取るけど助けないでは、ただの詐欺である。


「それで何故ウチへ編纂となる?」

「当初は近隣の村や街の長と共にガーター辺境伯様に陳情しましたが、治安維持に回せる予算が足りないと言われ、各地の納税額が正しいかを調査中だと…。

 その上で、調査が完了したら適正な兵の運営を行うと回答がありました」


 さては『小鬼森林』解放に予算を回しすぎて、軍備費が嵩んだな?

 挙げ句、身銭を切るのが嫌で適当な理由を付けて、臨時徴税か?


「それで?」

「数日後に回答があり、昨年辺境伯家訓の徴税項目に変更があったにも関わらず、周知が出来ていなかったので領内全体で納税額がまちがっていると…。

 事は領政に関わる重大事項のため、追徴税の回収が終わるまでは領内の治安維持に兵士は派遣出来ないとも…」


 …アホの所業だ。

 家訓変更が本当かどうかも怪しいが仮に本当だとしても、辺境伯側の失態である。

 追徴税など期末の徴税時に追加で回収するか、いっそのこと今回は見送る方が反感を買わないだろう。

 と言うよりもこれは『小鬼森林』解放までの時間稼ぎが目的のようだが、そんなことをすれば領民からそっぽを向かれるに決まっている。


「我々も街道が塞がれば死活問題ですので、追加の納税はいたしますが、その納税額の算出が1月待っても一向に出てこない状況です。

 このままでは……」

「うーん。

 それはアガーム王家に陳情しているのか?」


 切迫感は伝わるが、これはアガーム王国内の問題であって、ファーラシアやマウントホークが関わる問題ではない。

 幾らガーター辺境伯家に問題があろうとウチの名を勝手に出されたら抗議する必要が出てくるし、そうしないとウチが追認したことになる。


「ロッセオの街長達が向かっておりますが…」

「そうか。

 結論から言えば、マウントホーク家がそちらを助けることは出来ない。

 これまでウチに納税している訳じゃないし、今から昨年、ガーター家に納めた同額をウチに納めるなんて不可能だろう?

 その状況で所属変更は出来ん。

 危険な峠を越えて来ただろうにすまないが、アガーム王家に手紙を書くくらいの手助けが関の山だ」

「しかし、他の貴族領に変わることはあります!

 その際追加の納税等は!」

「それは貴族家同士の争いがあった際の話だ。

 賠償金が払えないから、街を差し出してその税収で賠償を行っているに過ぎん。

 今回はそうじゃないだろう?」


 それも一括の賠償金より永続的な税収の方がプラスになると判断できる場合のみだ。

 僻地で持ち出しが多い場合や兵士への補償で一時的に大金がいる場合は、街など受け取らない。

 領地の広さをステータスと勘違いしているバカ以外は。


「……」

「言っちゃ悪いが、今回助けたけど問題が解消して、すぐにガーター領に戻ればタダ働きになってしまうわけだ。

 お前達にその意思がなくても、それを証明出来ない以上は派兵は有り得ない」

「それなら我々の家族を人質に!」

「ダメだ。

 お前達にとっては命に代えても守りたい大切な人だろうが、それを証明することは出来んだろう?

 こんなことのために差し出そうなんてするな。

 それよりも隣で寄り添ってやれ」


 結局は保証がなければ動けないのだ。

 アガーム王家に期待するしかないが…。

 ……そうだな。


「1つだけお前達に手助け出来るとすれば、街を捨てると言う選択肢があることを教えてやれることだな。

 メイブーブだけが安住の地ではない。

 アガーム王都でもオドース領でもいいし、ウチに来てもいい。

 事情さえ説明すれば、税制優遇等の助力は出来るし、それは恥じ入ることでもない」

「……」


 ラゲンは俺の言葉にゆっくり首を下げて、理解を示した。

 出来れば、愚かな選択だけはしないで欲しいものだ。

 退座するラゲンに食事を出すように命じて、その間にアガーム8世への親書を用意する。

 ただでさえ各所への書状作成に追われているのにアガーム王国にまで書を出さないといけないなんて。

 ……書記官採用が急務だな。

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