第165話 そして、紛争へ

 ラガート伯爵が何者かにより謀殺された。

 しかし、それは我が軍との交戦中の出来事であり、多くの者は我が家を疑うだろう。

 俺はすぐに情報統制を行い外部に漏れないようにしつつ、シュールの元へ書状を送る。

 貴重な水晶街道開発用の木材だが、この村近郊に運んで砦を用意する必要がある。

 それと平行して、ラガート伯爵の死をあえて書かずに、ミント・へーベルが修道院を抜け出していることを糾弾する書状をレンター、宰相及び3実務卿へと送る。

 十中八九、ラガート伯爵の手引きだし、王国としては彼の死で俺を咎めることも出来んだろうが、王国官僚に南部閥貴族が混ざっていれば、拠点構築中に妨害を受けることになる。

 もちろん、謀略を仕掛けた相手には筒抜けだが、証拠となるラガート伯爵の遺骸が俺の手の内にある以上は下手な糾弾は出来ん。

 これで突っ掛かってこれば、自分が謀略を仕掛けたと言っているようなものだ。

 …むしろこっちから先制攻撃を仕掛けて、マウントホーク対謀略貴族の構図に持ち込みたいのだが、犯人が分からない以上はそうもいかない。

 結局、マウントホーク対南部閥連合の構図になるだろう。

 ケトーネに残っていたラガート伯爵軍の残党に南側奇襲隊の首試験をしたら、旗や指物はラガート伯爵軍の物だが、知っている顔が1人もいないと言うし、謀略側の貴族家の者だったのだろう。

 …南側から来た奇襲部隊を殲滅したのが失敗ではあった。

 なお、状況を理解した従士達はラガート伯爵領にこっそり戻って、家族を連れてウチに来ることになったので、豊姫達にそのフォロー要員を依頼する書状も出した。

 俺としては、ラガート伯爵家を説得して欲しいのだが、伯爵家内では上層部に謀略者側の手先がいる可能性があるのでと拒否られた。

 曰く、


「奥方様やバーン様はラガート伯爵閣下と意見が対立することが多く、伯爵閣下は領民の支持も低い状況でした」


 とのことだった。

 従士隊はラガート伯爵の王国軍時代の部下が多いので何とかなっていたらしいが、ギリギリの領地運営だったらしい。

 保守的な思考に頭まで浸かった領地でありながら、ウチとの友好に舵を切ろうと構想する能力に領民の不満を爆発させない統治技術と。

 聞けば聞くほど、ラガート伯爵の有能さが分かる。

 …惜しい人物を亡くしたものだ。


「…3日後にラガート伯爵及びミント・へーベルの亡骸の護送を始める。

 元従士達は先行して家族を連れてケトーネを目指して欲しい。

 護送後のウチの兵はそのまま従士達の護衛をするように手配するが、合流までは決して気を抜くな?」

「ありがとうございます!」


 従士隊の副長だったガレスに指示をする。

 ついでにラガート領に残っている従士長へも相談するように言っておく。

 ラガート伯爵の亡骸はこのまま内密に弔った方が合理的なんだが、彼は愛する領地で眠らせてやりたいし、元従士達が逃げるための目眩ましになる。

 これが今、ラガート伯爵へ贈れる最大の敬意である。


「本来であれば、ラガート伯爵閣下の喪に服して1月は宣戦布告してこない筈ですし、ラガート家の宣戦布告もなく、他家がマウントホーク家へ攻撃することも出来ません。

 その間に防衛ラインを構築するしかありません」


 普段から伝統、伝統と騒いでいるんだ。

 死者を蔑ろにする真似はしないで欲しいが…。


「……そうだな。

 さて、アミックとケトーネの村長達を呼んで、祭りの準備をさせろ」

「祭りですか?」

「ああ、戦勝祝いの祭りだ。

 ラガート伯爵やミント・へーベルの内情は村の者達には関係ない話だ。

 村民らは突然の侵略者から被害を受けた被害者でしかない。

 へーベル軍が徴収した食料を補填してやりたいが、名目がないままではダメだろう?

 戦勝祭を開いたが食材が余るので、それは村の備蓄庫に保管する。

 我が軍は、戦後処理で慌ただしくうっかり忘れてしまうのだ。

 『腐った食材』を村人がどうしようと勝手だろ?」

「…なるほど。

 たまわりました」

「村長達にはしっかり言っておけよ?

 本当に腐らせたら勿体無いぞ?」

「はい」


 …さてと戦争ってのは持ち出しばかりで嫌になるが、これでケトーネ村の者達が敵になる可能性はぐんと下がるだろう。

 後は、南部の出方次第だ。

 明日発送する予定のレンター達にラガート伯爵の戦死を伝える書状を準備するか。

 …もう一日遅らせるべきか?

 書状が王都に着くのが4日後で情報が広まるのが、6日後の南部へは8日後に伝わるくらいだろう?

 3日後に護送開始で南部全体に情報がある程度広がるのが8日後くらいか?

 同じくらいの日数になるし、安全を見越して明後日書状を出すべきだな。

 ラガート伯爵家の対応を『知らなかった貴族による暴発』を起こす名目は封じておくべきだ。

 さて、文面は……。

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