第164話 ラガート伯爵
南部閥貴族ラガート伯爵が、へーベル伯爵家改易の話を聞いたのはレンター王への謁見のために王都に向かう準備をしていた時期だった。
南部でも東寄りの小領を治めるラガート伯爵家は、へーベル伯爵家同様に南部抗争に巻き込まれることもなく、中立的な立ち位置であったので、この機に王国寄りの伝統貴族として、中央に自分達を喧伝しようと考えていた。
しかし、その最中に幼馴染みであり親友でもあるへーベル伯爵に嫁いだ妹が急遽戻ってきたと思えば、
「夫と息子達が処刑され、娘が修道院へと押し込められました。
兄さん! 力を貸してください!」
と訴えたのだ。
詳しい説明を求めれば、
「王国からの命令です。
夫が参陣命令のない『狼王の平原』解放戦に無断で参戦した挙げ句、主導したマウントホーク辺境伯の戦功を横取りして、平原所有権を主張したらしく…」
と聞いて、頭を抱えた。
マウントホークと言えば、ダンジョン攻略者であり、新国王の腹心とも言える有力者。
王家と距離を置く南部でこそ知名度は低いが、その功績は王国史上でも比類ないと思われる新興貴族のトップである。
王都への情報収集を強化していた自分が、娘をメイドとして差し出そうと考えていたほどの一廉の人物である。
「平原の所有権を得て、どうやって開発を進める気だったんだ!
…バカ野郎」
やるせなさを嘆いた。
親友とは言え、その考え方が同じとは限らない。
むしろ、閉鎖的なへーベル領を領有する親友とは事有るごとに喧嘩をしながら、付き合ってきたのを思い出す。
今回もそうしていたなら、こんな思いをしなくても済んだのに…。
「…ウチとへーベル伯爵家の財を全て投げ出しても、1年で資金が回らなくなる。
そんな計算も出来なかったのか!」
「…夫は先細っていく領地の未来を嘆いていたんです。
このままでは先がないって…」
「だからこそ!
だからこそ、あの辺境伯に頭を下げようと思ったんだ!
辺境伯領が大きくなれば、そこと南部の通り道であるウチは豊かになる。
風光明媚なへーベル領だって旅人が増えて良くなっていくはずだったんだ!
なのに…。ちくしょう!」
「……」
机を叩く兄に娘を助けて欲しいとは言い出せないまま、へーベル伯爵夫人は近習に命じて元の自室へ案内させる。
翌日に落ち着いたラガート伯爵は自分の家族と妹を呼び今後を話し合う。
ラガート伯爵は、
「ミントを当家に引き取るかどうかを話し合いたい」
と口にする。
「…それはどういう事ですか?」
「ミント・へーベルをミント・ラガートとして養女に迎えるかどうかと言う話だ」
「父上!」
ラガート伯爵夫人が夫に詳しい説明を求め、それに関して、詳しく話せば嫡男から待ったが掛かる。
「…どうした?」
「ミント嬢を我が家に引き取れば伝統あるへーベル伯爵家の再興は不可能となります。
それでは亡きへーベル伯爵閣下に申し訳が立ちません!
ここは彼女を旗頭にへーベル伯爵軍を編成して、成り上がりのマウントホークから領地を取り戻すべきです!」
「さすがはバーン!
私もそうすべきと思います!
我ら伝統ある貴族が新参者にしてやられて、そのままでは沽券に関わるでしょうし…」
「待て!
新参であれほどの家を興せたことを認め、同じ貴族として受け入れる度量をだな…」
「父上は臆病過ぎるのです!
所詮は元平民!
我らの威光の前にはひれ伏すでしょう!」
元々、次男で王国軍に所属していたラガート伯爵に比べて、領地に引き篭っていた嫡男バーンには情勢を見る目が備わってはいなかった。
「その通りです!」
南部閥から迎えた夫人も手伝って、ラガート領内では伯爵の方がマイノリティであった。
「……分かった。
軍は私が率いよう。
お前にはミント嬢を引き取る手筈を整えよ」
「お任せください!」
マウントホーク軍の強さを知れば、交戦意思も弱まると判断したラガート伯爵は自ら軍を率いて、戦地へ赴く。
歳若いバーンではいざと言う時の判断が出来ないと考えたのだ。
最終的には自分の引退で幕を引く覚悟で挑む。
そんな彼は、ケトーネ村に駐留してミント・へーベル率いる軍の後方の抑えを買って出た。
今回の名目がへーベル軍の援助である以上はでしゃばれないのだが…。
結果、己の姪が亡骸となって帰ってきたことを嘆くことになった。
丁重に運んでくれたマウントホーク軍の兵によれば、ミントは近付いてきたマウントホーク軍へ奇襲を仕掛けようとして、応戦のために放たれた矢を胸に受けたとのことだった。
元軍人として、ラガート伯爵はミントの判断が間違っていないことを理解し、マウントホーク軍の練度の高さを知る。
交戦直前で一番気が緩むタイミングを見計れる姪の才能とそれでなお対応出来るマウントホーク軍。
おそらくは勝てないと思いつつ、姪の援軍要請に応えてやって来た以上は、その姪の弔い合戦が必要と判断し、軽い一当てで面目を保とうと考えている最中に、現れるはずのない援軍が南側から、マウントホーク軍へ襲い掛かっている様を確認した。
それを好機と捉える兵達を見て、誰かの謀略を感じながらもマウントホーク軍への突撃を命じた。
自らも前線に出ることにした。引き際を心得ている者が前線に出るべきと判断したのだが……。
彼の刃が眼前の軍に届くこともなく、後ろから鋭い痛みを感じながらラガート伯爵は息絶えたのだった。
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