第162話 勘弁してくれ
夜襲を返り討ちにしたら、いつぞやの伯爵の娘が混ざっており、その子が絶命したとか何でだよ!
と突っ込みたくなる状況となった。
ひとまず野営状態ではどうしょうもないのでアミック村の制圧を行い村長宅を接収して、これからの行動を決める会議を開く。
村長宅とは言っても日本の頃に住んでいた賃貸と変わらない程度の延べ床面積だろう。
とてもじゃないが全員は収容出来ないので、一部は天幕を張って待機している。
捕虜は簡単な治療だけして、近くの木に縛り付けた。
「遺体を清めてケトーネ村まで護送しましょう。
アミック村へはマルクを中心とした第2隊との引き継ぎに2名ほど残します」
「そうだな。
それでへーベル伯爵家とやらの言い分は?」
元貴族令嬢の遺骸だけに丁重に送り届けると言う考えに賛同する。
ぞんざいに扱って他の兵士の感情を逆撫でしたくない。
それに第2隊が来るまで兵を駐留させるのも村民を安心させるのに重要だろう。
「留守に残っていた元従士を名乗る者の話ですが、彼の家は領地没収の上で改易、男子の死罪と女は修道院への収容となったらしく、王家の不当な贔屓への是正として、マウントホーク領となったロウンの制圧を目論んだとのことです」
「不当って、やってもいない武功を捏造しての詐欺だぞ?」
「はい。
綱紀粛正を考えれば必要な差配だったと思われます」
貴族を名乗るなら絶対にやってはならないものの1つだ。
多少の圧政に目を瞑るような国でもこれは無理。
しかも、
「それで水晶街道の利権に手を出そうとしたのか?
無謀な…」
あの街道はファーラシア王家から始まって、各国の上位貴族が子弟を送り込む優良物件になってるんだ。
失敗して利権を失うような真似は許さないだろう。
逆鱗に触れれば、領民の皆殺しすらあり得る話だ。
「はい。
しかし、政に関わってこなかった令嬢と従士や領民が主体ですので…」
「はあ…。
それでだへーベル伯爵軍とやらの編成は?
ケトーネ村には誰が残っている?」
「それが、亡くなったミント・へーベルの伯父に当たるラガート伯爵が軍を率いているとのことで…」
「ケトーネに駐留しているのか?」
「そのようです…」
「これって、彼女の遺骸を届けるとどうなると思う?」
「…ミント嬢を修道院から連れ出し、兵士を与えたのはラガート伯爵とのことです」
直接の回答はしないが、ベストリアの中で俺と同じ推測が立っているようで、詳しい情報を伝えてくれる。
修道院から出そうと思えば引き受け人がいるのが必定で、ただの小娘になったミント・へーベルが領民を率いて他領に攻め込めるのも、他家の後押しが必要と言うわけだが、こっちはいい迷惑だ。
「……まずラガート伯爵を無傷で捕らえるのが第一条件。
ついでラガート伯爵家がすんなり払えて、且つ見せしめになる程度の保釈金設定を行うのが第二条件。
最後に他の貴族が行動する前に保釈金を受け取って、ラガート伯爵を領外まで追い払うのが最終目標。
……ふざけるなって言いたいな」
第一条件に失敗すれば、ラガート伯爵家との抗争。
第二条件、最終条件に失敗ならしゃしゃり出てきた南部貴族との抗争である。
どれか1つに失敗した時点で、南部との抗争に発展すると言うマゾゲー状態だった。
「王宮が描いた筋書きじゃないだろうな?」
「ないと思われます。
初動対応に失敗すれば、当家との対立を招く危険な策ですので…」
「そうだな…。
ラガートとか言う奴のただの勇み足かねぇ?」
「おそらくではありますが…。
南部閥の貴族にマウントホーク辺境伯家と争う余裕はないはずですので…」
「そうか」
貴族としては呆れる話ではあるが、ラガート伯爵とやらの蛮行とみるべきか。
それにしても愚かな話だ。
ロウン経由で情報が伝わっているはずだし、爵位を下げるくらいの罰は必至だぞ?
それほど姪が可愛かったのだろうか?
だったら、自分の家の養女に迎えて、それなりの家に嫁がせるとかの方がよほどマシだったろうに。
「貴族と言うのは閣下の思われるような裕福な者ばかりではございません。
小領の伯爵家でその家格に見合うだけの扱いをすることが出来るほどの財力はないでしょうし、ミント・へーベルには令嬢として嫁がせるだけの利がありませんでしたので、それに見合うだけの利権を準備する必要があります」
あまりにも愚かな選択に首を捻る俺、それに対してベストリアの解説が入る。
「他所に嫁いだ妹の娘にそんなことすれば家内の反発は必至だな」
「それどころか当主としての資質を疑われて、隠居させられますよ?」
「まあな。
けど、ウチへの侵略は?」
それも十分当主の権限を乱用しているが、
「少なくとも軍部の支持は得られます。
規模の小さい家では力が強い者の声が大きいので…」
「武勲稼ぎか?
凋落する家で得てもな…」
「それは違います。
武功と違って、武勲は純粋な強さの証明ですので、負け戦でも証拠として残ります」
「そうか。
くだらないな。
少なくともウチでは判断材料にしない」
「それは辺境伯家が大きい家だから出来ることですよ?
大半の貴族家では腕っぷしの強い奴を優先します」
「…ふーん。
ひとまず、進軍の支度をさせろ!
明朝出発する」
「はい」
俺はそれ以上の議論を諦めて、明日の仕度を指示するのだった。
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