第161話 ミント・へーベル

 へーベル伯爵家の起源はファーラシア王国の黎明期にまで遡る。

 2代国王ツイデミールの代に自前の傭兵団を率いて、南東部の魔物の領域を解放したロック・へーベルが伯爵位を賜ったことが始まりだとへーベル伯爵家興史に記されている。

 歴史ある名家と言える家柄だが、王国からは不当に低い扱いを受けてきた。

 与えられたのは解放した土地とその周辺程度の小領に僅かばかりの資金援助だけだったのだ。

 それでも国に忠義を尽くす功臣の家だと代々の当主は自家の歴史を綴る。…彼らの主観ではそうなのだ。

 王国から見たへーベル家は、北と東がベリック山脈、南側がヌキア山脈に囲まれた小さな土地を解放したので、しょうがなく爵位を与えたものの土地の開発をするでもない。

 細々と運営しているだけなのに爵位と歴史から尊大な態度を取る佞臣と言う評価であった。

 そんな見解の差は、互いが大人な態度を取って腹を割って話し合うこともしなかったために埋まることもなく、いつしか当たり前になってしまった。


 もっともこれはこの家に限った話ではない。

 ファーラシア王国は南から入植してきたガーゼル・ファーラシアがダンジョン3つが近隣に存在する冒険者の街ラーセンを掌握したことで建国し、ダンジョン産のアイテムを用いて、各地を解放していくことで成り立った王国だ。

 そんな中にあって、実際には魔物の領域ではない土地を解放したと偽って、広大な土地を得た者や元々その周辺を所有していて、ダンジョンの恩恵を得るために恭順した者が多いが、真面目に危険な魔物の領域を解放した者もいる。

 へーベル伯爵家を始め、南部閥は後者が多いのだ。

 しかし、元々ゼイム地方から冒険者の街ラーセンへは街道があり、それなりに詳しい情報があったわけで…。

 他の地域の者のような要領の良いやり方は通用しなかった。

 …王家側も疑うことで発生する労力と疑心暗鬼を避けたかったから、情報の少ない北部、東部及び西部には調査のメスを入れなかったが、再現なく領地を与えては綱紀が緩むと考えた事情もある。


 とは言えそれはそれでこれはこれ。

 結果として、南部は高位の爵位とそれに比べ小さな領地のハリボテ貴族が多く存在する地方になったのだった。

 へーベル伯爵家もその1つであったが、当代の当主は状況の打開を思い付く。

 親しい商人から『狼王の平原』解放作戦の情報が伝わったのだ。

 それに参戦して、狼王討伐を自分達が成せば!

 と思い付いて、こっそり参戦したものの通常種の魔狼ですら10人からなる従士隊総出での討伐。

 とてもではないが不可能だと自覚する。

 …この時点で、国軍に共闘を申し出て、少しの参戦に対する功労金を得ようと言う方向に舵を切ろうとして、平原を北西方向に向かい、途中で見るからに大きな魔狼の死骸を拾う。

 誰かが囁いた。


「これを領域のボスに仕立てられないか」


 と。

 鬱屈していた伯爵に魔が差す。

 分の悪い賭けだが、可能性があると。

 元々要請もない参戦である、得られる功労金などごく僅かなのだ。

 それくらいなら! と考えた。

 そこには"功臣"である自分達を王家が潰すわけがないと言う楽観的な考えも混ざっていたのだが。

 ……結果は、伯爵以下男子の処刑と女子の修道院への収容となり、伯爵領は王国の預かりとなった。

 古くから王国に蔓延る"佞臣"の処理と王家の力を南部に見せ付けられる良い機会になったと宮中には喜ぶ者が多い。


 しかし、その結果に納得が出来ない者達がいる。

 それは王国に裏切られた旧主に同情する『へーベル領民達』と生き残ったものの罪人として修道院に閉じ込められたへーベル伯爵家長女『ミント・へーベル』。

 そして、へーベル伯爵に愛娘を嫁がせていた『ラガート伯爵』であった。

 そして、南部への迫害を昔から感じていたラガート伯爵はミント・へーベルを救い出し、彼女を旗頭とするへーベル伯爵軍を編成して、東部領アミック村と同じくケトーネ村の占拠を実施した。


 あっさりとそれに成功した彼女らは、数日後に騎兵の存在を確認して、真っ青になる。

 こちらはへーベル伯爵軍と言っても、ラガート伯から貸し出された武具で武装した平民だが、向こうは明らかに使い込まれた武具を身に纏う専業軍人だ。

 正面からの戦いでは勝ち目がない。

 かといって、伯爵軍を名乗る以上は人質などは論外。


 彼らは夜襲を試みることにしたのだが、その最中飛来した矢に射抜かれる主君ミント・へーベルの姿を目撃して、生き残った者も戦う意思を放棄するのだった。

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