第163話 乱戦

 護送されてきたミント・へーベルの遺骸を受け取ったラガート伯爵は、


「丁重な扱いに感謝するが、騎士としてこのまま終わるわけにはいかない」


 と、降伏勧告は受け入れなかった。

 その報告を受けた俺は、部下の手前そういうしかないのだろうと考えて溜め息をつく。


「軽い一当てで面目を保って、その後に降伏。

 一当てでの損害に対する補償と言う名目で、今回の賠償金を支払って手打ちかね?」


 へーベル家と似たり寄ったりの財力と思われるラガート伯爵家にウチの騎兵隊とやり合うだけの戦力は用意できないだろう。

 へーベル勢を加えて、やっと50人くらいの兵力と聞くし。


「妥当な線ですね。

 一応、下級兵の暴発に備えて、夜襲警戒の人員を増やす手配を整えます」

「ああ頼む。

 思ったより拗れなくて良かった。

 へーベルの残党に他の貴族が加勢していると聞いた時は頭を抱えたくなったぞ?」

「拗れれば半月以上は拘束されますからね…。

 心中お察しします」

「ありがとう。それで…」


 ベストリアの労りに礼を述べている最中に兵士の駆け込みを受ける!


「失礼致します!

 南より何者かが攻撃を仕掛けてきました!」

「「はあぁ?!」」


 その兵士の言葉にベストリアと声を揃えて驚くラガート伯爵家にそれだけの戦力を用意する財力はないはずだ。


「まさかケトーネにいる伯爵本人が囮?」

「そんなわけないだろう。

 小さい村とはいえ、100人程度は住んでいる村に伯爵と側回りだけとか自殺行為だ」

「…確かに」


 そもそも自分の支配域ではないので、暴動が起きれば命がない。

 村長以下、村の有力者も領主の心情を考えて、伯爵に反発するだろうし。


「ひとまず前線に出るぞ。

 隊を整えろ!」

「了解しました」


 指示を出し始めたベストリアを置いて、南側を見れば青い鹿の軍旗を掲げる集団が、ウチの軍と槍を交えていた。

 ケトーネ村に翻るラガート伯爵家の軍旗と同じようだし、マジで隊を別けて潜伏していたのか!

 不味いな。これは!


「総員、全力で掛かれ!

 一切の容赦はいらん!」


 大声で叫びつつ、前方の兵を一刀両断に斬り伏せる。

 仲間が鎧もまとめて両断される様にビビる敵兵に更に追い縋ると2人まとめて首を跳ねる。


「閣下に続け!」

「「「うおぉぉ!」」」


 誰かが声を挙げて、ウチの軍がそれに呼応する。

 俺も更に数人を切り捨てた所で、北東方向からラッパが聞こえる。


「間に合わなかったか!」


 向こうも気付いたらしく、押し返す力が強くなるが、


「邪魔をするな!!」


 ハウリングを発動して気勢を削ぐ。

 しかし、困った。

 2面戦であることは問題ない。

 敵兵は弱卒ばかりでウチの兵の方が強く、数も負けていないので多少の軽傷者くらいで済むはずだ。

 しかし、乱戦ではラガートにもしものことがあり得る。


「これでラガート伯爵が死ねば、辺境伯許すまじって声が絶対に揚がるだろうな。

 南方隊は殲滅戦に移れ!

 絶対に逃がすな!」


 下手に逃がせば、敵に時間を与えることに繋がるので殲滅を指示する。

 1面が片付けば、辺境伯軍の受けるプレッシャーも減るので、心情的に楽になるっと言うのもある。

 その上でガンガンと斬り込んでいく。

 既に雑兵くらいの攻撃ではダメージを受けないほどステータス差があるのだ。





 ほどなくして南側が片付き東側に行けば、敵の殆どの兵士が武器を下ろして消沈しており、その真ん中に立派な鎧の男の遺骸が横たわっていた。


「ラガート伯爵です」

「……そうか」


 ベストリアの報告を受けながら、状態を確認する。

 生きていればどうにか出来ると言う期待があったが、……この傷は?


「どうやら間者が紛れていたようで…」

「そうか」


 ラガートは背中に大量の出血痕があり、胸側は小さな傷痕があるだけだった。

 後方からの不意打ち。


「間者は?」

「既に事切れております」


 ソイツだけでも生きていればどうにかなったものだが…。

 最初から死ぬ気だったのだろうな。


「ベストリア。

 ケトーネに物資の搬入を指示しろ。

 ここに防衛拠点を築く」

「はい。

 すぐに手配します」


 ただでさえ忙しいのに、南部との争いまで抱え込むとかマジで勘弁して欲しいものだ。

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