第159話 不当占拠

「閣下!

 大変です!」


 朝から書類仕事に追われていた俺の元へ、従士隊巡回部隊長ベストリアが駆け込んできた。


「どうしたんです?

 そんなに慌てて…」

「アミックとケトーネの村が占拠されました!」

「「はあ?!」」


 シュールから尋ねられて帰ってきた答えに2人で思わず疑問が漏れる。

 それは辺境伯領南部に位置する村が何者かに奪われたと伝える凶報であった。


「アミックとケトーネって南部に通じる間道沿いの村だよな?」

「はい。

 ベリック山脈の西側に位置する村です。

 僅かながら鉄鉱石が出るのでそれの採掘拠点になっていますがそれだけです」

「…地図です」


 俺の質問にベストリアが答え、シュールが地図を広げる。


「こことここです」


 地図で指差されたのは、マーマ湖の第2外縁となっている山脈の西裾に位置する点。

 一応、北はロウン村で南西がネッケと言う町に通じる間道の上に位置する。


「ネッケからベリック山脈の裾を通ってロウン。

 これは俺がレンター救出時にロッド翁から提案された道筋だな」


 間道をなぞりながらそう呟くと、


「ネッケは南部閥の貴族が所領としていますし、これは南部閥の侵略行為でしょうか?」

「その可能性が高いな。

 南部って抗争終わったか?」

「まだの筈ですが?」

「その筈です。

 それ故にやや警戒が薄れておりました。

 申し訳ございません」


 シュールとの会話に謝罪で入ってくるベストリアだが、これは、


「しょうがないだろう?

 水晶街道が最優先だったのは王国と辺境伯家の両方が求めたことだ。

 言っちゃ悪いがこの規模の村に割ける人員もしれている」


 両方合わせて金貨数枚程度の税収では持ち出しの方が圧倒的に多い。

 それよりもマーマ湖を介して、ビジームやゼイムと交易するルートの整備が優先されるのは当たり前だった。

 現時点でもマウントホーク辺境伯領は赤字運営なのだから、黒字転換を目指して、水晶街道の交易量を上げなくてはならない。

 ちなみに水晶街道はビジームからラーセンまでを繋ぐ街道に名付けられた名だ。

 最初は水の商いで水商街道と言う名だったが、水に流れるのは商売として縁起が悪いので、同音異語の水晶街道となった。

 話を戻して、領地経営が軌道に乗っていない現状では、放置になるのもしょうがない。

 そもそも、


「ここを占拠する価値ってあるか?」

「…そうですね。

 領地を奪われたと言うメンツの問題でしょうか?」

「だよな」


 規模が小さく特産もない。

 赤字経営確定の村を欲しがる奴はそういないだろう。

 けど、


「取り戻す必要があります」

「だよねぇ。

 何で赤字になるのが分かっている村を取り戻すのに軍事行動を起こさなくてはならないんだろ…。

 …はあぁ」

「それは当家が国防の柱である辺境伯家だからです」


 シュールの一言に尽きるんだよな。

 仮にウチが伯爵家とかなら、日本みたいに遺憾砲で済むんだがな。


「…まずは相手の言い分を聞かんとな」

「それでは軍の招聘を掛けます」

「騎兵30くらいでいいぞ?」

「それでも十分痛いんですけどね…」

「「はぁ」」


 シュールと共にため息をつく。

 騎兵30と言うのはウチの騎兵隊の半分以上と言うことだ。

 もちろん目の前のシュールやベストリアのように馬を操れる役職持ちはそれなりに揃ったが、馬に乗れる兵士階級はまだまだ足りていない。

 今はそれなりレベルの先輩格が新人を教育しているのだが、今回のような軍事行動に新兵は連れていけないので、指導者側を連れていくことになり、それで更に騎兵隊の拡充が遅れてしまう。

 更に、


「ベストリア。

 統治に関する知識のある奴は?」

「ロキが良いかと。

 内務閥に属するアーミル伯爵家の4男ですのでそれなりの知識があります」

「ダメです。

 アーミル伯爵家は内務閥の重鎮です。

 不可抗力とは言え、そんな家の子息を僻地の統治に回せば、遺恨を残します。

 マルクを回して下さい」

「マルク?

 平民出ではないか!」


 ベストリアが否定的な声を出すが、シュールも譲らない。


「彼は人を纏めるのが上手いので大丈夫ですよ。

 他に適任者がいません!」

「……分かった」

「しょうがないわね」

「それでは昼過ぎには出立するのでそのつもりで準備しろ!」

「「はっ!」」


 こうして南部閥との紛争の幕が開くのだった。

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