第158話 とある辺境伯家の傾向と対策
「閣下!
大変です!
領内を魔狼達が荒らし回っております!」
アガーム王国辺境伯のジング・ガーターは、朝早くから火急の件でと家宰ウーヴァから報告を受ける。
「何だ、それは?」
「はっ!
最近、城下への商人の流入が減っており、原因を調査しましたところ、街道を通る商人が巨大な魔狼に襲われる被害が出ていると…。
今までは被害が夜に集中していたのと騎士を見掛けるとすぐに逃げ出すので気付かなかったようです!」
「……」
沈黙するジングに更に言い募るウーヴァ。
「畏れながら『狼王の平原』解放時に逃げ出した狼達ではないかと思われます。
騎士を見て逃げ出すのがその証拠。
領内の大規模な山狩りを行って魔狼達を追い払うべきかと!」
「何処へ追い払う?」
「え?」
虚を突かれた家宰に畳み掛けを行うジング。
「何処へ追い払うかと訊いている?
東の王国直轄領?
南のパンプル侯爵領か?
北には銀山があるから論外だぞ?」
「西へ…」
「西にいるマウントホークから逃げてきた魔狼を西へ?
何の冗談だ」
「しかし…」
「兎に角、リキドを呼べ!」
軍部を纏める従士長がいないことには話にならないと言うジングだが、
「従士長殿は『小鬼森林』攻略中では?」
「……」
「留守役の副官を呼んでまいります!」
進言したウーヴァへの反応は鋭い視線のみだった。
危険を感じたウーヴァは従士隊の副官を呼んで来ると言って部屋を出た。
「退治は無理です」
辺境伯ジング、家宰ウーヴァと共に会議室に集まった際、従士隊副長ゼッドは開口一番に退治を否定する。
「何故出来ん!」
「現状では『小鬼森林』攻略に、隊長をはじめとした多くの兵を派遣しており、人員に余裕がありません。
現在、領都及び近郊に待機している兵の殆どは攻略戦で負傷した兵か、隊長が連れていかなかった農民兵です。
魔狼を1頭狩るのに数人の犠牲者が出るでしょう」
「何故そんなことになっている!
私は全軍での攻略を命じたぞ!
そうしていれば今頃攻略を終えていたのでは…」
「……」
机を叩いて可能性を口にするジングへ呆れた視線を送るゼッド。
「……何だ!
言いたいことははっきり言え!」
若干、逆ギレ気味に問い質すジング。
それに対して、ゼッドは堂々とため息をついて、
「それでは失礼して。
閣下は隊長に強襲戦をご命じになられましたが、そもそも馬に乗れず練度も低い農民兵は強襲戦には連れていけない兵科です。
彼らを運用するのであれば輜重隊を編成しての持久戦を主体とする運用であるべきです!」
「何を…」
「はっきり言いましょう!
『小鬼森林』解放失敗は閣下の戦略的失態です」
「貴様!」
顔を真っ赤にして腹を立てるジングだが、
「……ふぅぅ。
それでは戦略が何かを知っている貴様なら、現状をどうすると言うのだ?」
ため息と共に怒気を吐き出す。
腹立たしいが、軍の運用については決して詳しくないことをジング自身も自覚しているのだ。
ならば否定するだけの知識がある者に現状打開の案を出させれば良いと判断する。
「まず大前提ですが、『小鬼森林』攻略は諦めざるをえません」
「何を! …いや、続きを聞こう」
「はい。
領内の治安維持に注力し、アガーム王家に掃討戦の援軍を依頼するのが得策です」
「出来るわけ無いだろうが!
それは我が家が辺境伯としての責務を放棄するに等しい!」
辺境伯の持つ多大な権威は国を守るために付与された物。
自分達でさえ守れないほど落ちぶれたなら、辺境伯としての地位を剥奪されても不思議ではない。
「それしか手がありません。
このままでは近い将来街や村が襲撃されるでしょう。
その時にはガーター家は改易となるやも知れません!」
「ぐぬぬぅ。
…そうだ!
南の方の村落は納められた税金が少なかったな?
後、エイトはここ半年ほど税を納めていない!」
閃いたとばかりにいきなり税金の方へ話題がシフトするジングに嫌な予感を覚えた2人は、
「畏れながら、南村落群は開拓5年目で税制優遇措置の対象期間でございますが?」
「エイトは『小鬼森林』攻略のための負担から税収免除をしたと聞いておりますよ?」
とそれぞれの実情を進言する。
「うるさい!
税制の優遇期間は3年だったんだ!
そのように辺境伯家家訓を書き換えておけ!
日付は去年末に遡って処理しろ!
それに『小鬼森林』攻略に民兵を連れていっていない以上は、エイトの税免除は無効だ。
あれらの街の守備兵を引き上げて、領都周辺の魔狼退治に当てる!」
「そんな!」
「ご再考を!」
「再考?
そうか。
そうだな!
エイトは負担している兵站を過小報告していたのだ!
反逆の疑いがあるので、それを晴らすために代官一家も戦線維持に出ろと伝えろ!」
あまりの暴言を止めに入るも火に油を注ぐ結果になる。
「「……」」
「さっさと動け!」
「「……たまわりました」」
沈黙して動かない2名に命令を下すジング。
自己の保身のために他人を踏みにじるその姿は実に醜悪であった。
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