第147話 馬車と襲撃者 2
「ひとまず双方を拘束。
丁重にな?
…ジューナス公爵閣下。私も出ます」
公爵に断りを入れてドアを開けるが、大袈裟とでも言うように首を捻る。
「卿がかね?
今回連れてきた騎士達はそれなりに手練れだぞ?」
「それでも不幸な事故が起こっては困ります。
閣下もゆっくりと合流していただきたい」
「何を考えている?」
「怪我を覚悟で馬車を止めないといけない事情があると考えるべきでしょう?」
「…なるほど!
襲撃する側が悪とは限らんな。
むしろ……」
「ええ。襲撃者が口封じされるのは避けたいので」
「! 分かった。
早急に向かってくれ。
護衛は数人いれば良い!」
はいっ! と言いつつ馬車を飛び降りて向かう。
命懸けで走る馬車を停める以上は深い理由があると想定した方がいい、公爵もそういう判断を下してくれた。
「1隊残して俺に続け!
目標は『襲撃者』の保護!」
「「「ハッ!」」」
上司の奇妙な指示に一切の疑問を挟まないのは軍人として優秀な証拠であり、同時に戦士として無能な証拠である。
…鍛えられた良い騎士だな。
本当に貴族の私兵かと疑いながら先陣を切り、他の騎兵から数馬身先行しつつ、馬車の護衛の1人を軽く殴って吹っ飛ばす。
そんで台詞は、
「義によって助太刀致す!」
「「「「何でだよ!!」」」」
襲撃者とその対象の心は、今や利害を越えて1つとなった。
俺への突っ込みで!
「総員!
武器を捨てて大人しくしろ!
マウントホーク辺境伯軍である!!」
毒気を抜かれて、ポカンとしている双方に追い付いてきた騎兵が命令を出すと、襲撃者が顔を見合わせて、武器を下ろす。
…やはり、襲撃者は荒事慣れしていないな。
「何を…」
「はい。静かにね」
反論しようとした護衛の顔面に軽く裏拳を入れて沈黙させると、他の護衛達も明らかに困惑する。
「抵抗すれば容赦しない!
馬車の乗組員も速やかに下車せよ!」
他の騎兵も周囲を囲いつつ警告を繰り返すが、一向に馬車内からのリアクションがない?
…どういうつもりだ?
「こんな巨大な馬車に無人はないだろうにな。
…おい! もう一度勧告して出てこなければ、押し入れ!
抵抗すれば殺しても構わん!」
「ハッ!」
脅しも兼ねて騎士に命じるとドタバタと音がする。
…やっとか。
貴族と言う立場を盾にやり過ごす気でいたな?
「待て待てぃぃ!
これなるはロガン男爵なるぞ!
控えろ!」
周りの護衛より少し良い鎧を着た男に続いて、汗だくのオッサンが出てくる。
「全く何の騒ぎだね!
私は王宮へと出向く途中。
それを妨害するは王国への反逆と捉えられてもおかしくないぞ!」
「何を言っている?
王宮からの命令は行政の引き継ぎを終えてからの出仕だろうが!
辺境伯家の訪問前の出立はその時点で違法だ」
「そ、それは…」
俺の指摘に青くなる所を見るとわざとだな?
……もう予想が付いたけど公爵を待とう。
1人でやるとちょっと大変だから。
「何を騒いでいるの!
そこのあなた、襲撃を止めたことは誉めてあげますから道を開けなさいな」
窓から顔を出したケバい女が扇子で俺に払う仕草をするが、
「まあ、待て!
我々は急いでいるのだぞ?
今なら許してやるから道を…」
男爵が宥めるが、そのタイミングで馬車が追い付く。
「それを決めるのは君の仕事ではないね。
ひとまず出てきなさい。
仮にも最上位の貴族達の御前だぞ?」
男爵の言葉を遮って到着した馬車から降りてくるジューナス公爵。
…思ったより早かったな。
「何を言っている!
我らは貴族だと…」
「……うむ。
貴族と言っても最下位に位置する男爵が王家にも連なる公爵閣下と軍制権を認められる辺境伯に楯突くと言うのが理解出来ないが?」
「王家に……。
も、申し訳ありませんでした!」
「あ、あなた?」
「いいから早く平伏せよ!」
「はあ?
……ちょっと!」
ノロノロと頭を下げようとする女の頭を無理矢理抑え付ける男爵。
「まさかと思うが、爵位の序列すら知らないバカなのか?」
「そんな気がするな…」
ジューナス公爵と互いに顔を見合わせて困惑する。
まさか、こんなDQNな貴族がいるとは。
「それで君達は何をそんなに慌てていたんだ?
王命を無視するに足る理由があるんだろうな?」
「そ、それは…。
私共のような小貴族に陛下からのお召しがあり、居ても立っても居られずに…」
下卑た愛想笑いで誤魔化す気か?
「…まあいい。
それで襲撃を行った者達の言い分を聞こうか?
お前達の行いも重罪だぞ?
正直に話さなければ縛り首を覚悟してもらうほどのな?」
「は、はひぃ!
領主様が娘達を強引に王都に連れていくと言うので、それを思い留まってもらえるように直談判に……」
そんなことだろうと思った。
「出鱈目だ!」
「物的証拠があるが?」
俺の合図で馬車の逆側に回り込んでいた騎士が少女達を連れてくる。
出てこない者は無理矢理連れ出せと言う命令は有効だ。
1人仕立ての良い服を着ているのがいるが?
「この者達は娘と親しい者達で自ら志願して!」
「そうなのか?」
「「「……」」」
男爵の弁明を確認するが、少女達は互いに見合わせて沈黙している。
「あなた達…」
「! は、はいっ!」
一緒にいた男爵の娘に睨まれて言わされているな。
「これでお分かりいただけ…」
「雇用に対する契約書は?」
「は?」
「お前は他人の土地の領民を連れていくんだぞ?
契約書が必要なのは当たり前だろうが?」
間抜けな顔になる男爵を問い質す。
本人の言質を取ったから良いとでも思ったのか?
……バカな奴。
「この者達は元々私の治める土地の領民で…」
「元だろうが!
今は縁も所縁もない他人だ。
雇用に関する契約書もないのに連れていけば誘拐だ!」
俺の断言で少女達の表情に笑みが浮かび、その1人が、
「助けて下さい!」
「! この!
……キャアバァ!」
「「ミンテ!
貴様!」」
俺に助けを求めて、男爵の娘に殴られそうになるので、アイアンクローで吊り上げる。
男爵夫妻は叫ぶが、
「そもそもこの娘達は我が辺境伯家の庇護下にある領民だ。
お前達が無理矢理拐かそうとした時点で、ロガン男爵家はマウントホーク辺境伯家に宣戦布告したと判断しても良い。
……分かるか?
戦時下で攻撃を行った以上は、この場でこの娘の顔を握り潰しても紛争中のただの事故だぞ?」
涼しい顔で返す。
チョロチョロとミンテとやらの下腹部に染みが生まれるが、戦場で気に止める必要はない。
「「……」」
暗に示したお前達を殺しても不幸な事故で済むと言う意味を理解したのか。
夫妻は黙り込んだ。
「…さて紛争である以上、王国は調停を頼まれない限り口も出せんな。
先に襲撃者の件を片付けよう」
「ええ」
肩を竦めて、話題を戻しに掛かるジューナス卿に同意する。
「街道上で馬車を襲うと言うのが王国としては見過ごせん。
国への反逆と言ってもいい行為だ。
だが、原因を辿れば男爵家の身勝手な行いであり、国の監督不行届きである。
よって金貨5枚の罰金で許そう」
「はは…」
公爵の言葉に平伏したまま、沙汰を受け入れる襲撃者達だが、
「俺は新領主として、拐われそうになった領民を助けたお前達に褒美を出そう。
そうだな? 金貨4枚程とする」
「はあ?」
何故敢えて4枚なのかと困惑しているな。
当然だが、肝心の公爵に理解があればそれでいい。
「不服か?」
「いえ! 滅相もありません!」
「うむ。後の金貨1枚も建て替えてやるから早めに返せよ?」
そう言って5枚の金貨をジューナス卿に渡す。
小娘は放り捨てて…。
「…覚えておきなさい。
街道は国の所轄です。
そこで馬車を襲えば罰を受ける。
今回は国の落ち度もあった。それを加味してもやりすぎで金貨5枚の罰金となった。
今、辺境伯殿が4枚の金貨をお前達に払ったのは全く別口の褒美ですよ?
彼には今件に関する一切の責任がない」
「俺の出した褒賞は領民誘拐を防いだことに対する物だ。
街道を塞いでもお咎めがないかもしれないなんて都合良く考えないようにな?
差枚はお前達への教訓だ」
「…はい」
3家族以上が参加しているので個々の負担は銀貨数枚程度のはず。
1週間分程度の生活費くらいにはなるので痛みとして記憶するだろうと期待する。
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