第146話 馬車と襲撃者 1
小説やゲームでは主人公が移動していると、よく馬車が襲撃されている場面に出会すものだ。
アタンタルから北にあるベルナンへの道中、その話題で盛り上がっている時に、同じ体験をして現実を知ることになった。
切っ掛けは、暇をもて余した俺が移動用に『剣聖ベインの冒険』最新刊を購入したこと。
アタンタルで購入したそれを見咎めたジューナス公爵の言葉から始まる。
「マウントホーク卿もそれを読んでいるのかね?」
「ええ? 物語として見れば結構面白いですよ?」
苦い顔の公爵に気を使って、『物語』であることを強調する。
年配者の中には現実と虚構の区別を重視する偏屈な人物が一定数いるので、その辺をしっかり強調しておくとトラブルになりにくい。
…そう強調しても理解出来ないおバカな人間もいるが、それらの例外には関わろうと思わないので除外しての話だが、
「まあ、それならいいのだが…」
そう言いつつため息混じりに語り出す。
曰く、孫娘の1人が今回の視察に同行したいと言い出した。
無論、公爵は止めた。
幾ら俺が同行するとはいえ、未開地を通る以上は万が一があると。
それには激しく同意だ。
この世に絶対はない。
ドラゴンを操る山賊が急に現れる可能性もゼロじゃない。
しかし、それが良いのだと言い出したらしい。
どうにも『剣聖ベインの冒険』でならず者に襲われる姫君が、剣聖ベインに助けられるストーリーがあるからそのシチュエーションに対する憧れだと言う。
結局、マウントホーク卿に取り入る者と思われたらハロルド公爵本人が困るとして留めたらしい。
「その本のせいで一苦労だった」
と締め括られるが、
「異世界でもそういう場面展開の小説は多いですよ?
誰もが思い付く発想ですから、お孫さんが読書家であれば同じようなことはあったでしょうね?」
一読者として、『剣聖ベインの冒険』が高位貴族の不評から発刊停止の処分と言う事態は避けたいので擁護したものだが。
「そうなのかね?」
「ええ。分かりやすい成り上がりの取っ掛かりになるので…」
「…無理だと思うが?」
心底理解出来ないと顔に出る公爵。
それには同意だな。
「現実的ではないですね。
まず、それなりの速度で走る馬車を停めるのって相当難しいですし…」
「うむ。
少なくとも、卿くらいの実力はほしいな」
「そうですね。
勇者でも無理でしょう。
物語によっては障害物を用意していますが?」
「…街道でそんなことをすれば周辺貴族と王国軍による山狩りになるな」
「ええ。
特に街道は王国の所轄ですから、王国軍は威信を懸けて、ならず者を皆殺しにするでしょう」
「それで済むか?
アジトの村や資材を用意した商人の家族まで皆殺しにして晒すくらいはするだろう?」
物語だと洞窟とかをアジトにしてるけど、…ないな。
街道を塞げるような大木を用意して、必要なタイミングで塞ごうと思えば、かなりのマンパワーがいるので、洞窟に住むような小物の山賊に出来るわけがない。
「…まあ、街道を塞ぐような真似をしようと思えば間違いなく、後援者がいますね」
「ああ、割に合わんよ。
馬車を破壊や馬を殺すも論外だ。
街道の治安を乱せば、国が激怒する。
2度と同じことがないように一族郎党皆殺しだな」
「そう言えば、バーニッヒで山賊退治の依頼に失敗しましたね」
「卿が?」
不信そうな公爵の顔に素直に答える。
「ええ。
最後には荷馬車を囮にしたんですけど…」
「それは無理だな。
山賊など冒険者にも為れんような連中だが、そのせいか、逃げることは非常に上手い。
山賊退治はよほどそれ専門でやらないと難しい」
「肝に命じておきます」
「…まあ、バーニッヒは今やベイス家の管轄だ。
あの家なら対人戦は得意分野だし、解決しているだろうな。
そもそも冒険者にそんなことをやらせていることが怠慢だ」
「確かにそうですね。
それで話を戻しますけど、仮にならず者に追い込まれた貴族がいたとして、助けてくれた相手をどうします?」
これが本題。
まともな貴族なら縁を結ぼうなど思わないだろうと思うが?
「…金だけ渡して別れるな。
口止めも兼ねて金貨10枚は出すか?」
「ですよね。
貴族がならず者に負けたなんて大問題ですもん。
再会しても…」
「知らぬ存ぜぬだ。
しつこいようなら、指名手配犯として追い払う」
「直接は殺さないんですね?」
「騎士が束になっても勝てんような奴に時間を割く気にはならないな。
指名手配すればその内野垂れ死にだろう」
「確かに」
そんな話題で盛り上がっている時に並走する騎士が窓越しに声を掛けてくるのだった。
「前方に馬車を囲う集団があります」
と。
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