第145話 領内視察

 珍しく白を基調とした礼服もどきを着た俺は、ジューナス公爵と共に平原を北上する馬車に乗り込んでいる。

 馬車にはお互いのメイドが1人ずつ同乗しており、他の人員は別の馬車に分乗して付いてきている。

 書記官や護衛として付いてくるのは、公爵家とそれに縁のある貴族の人員であり、辺境伯家から出す人間は俺1人であるが、彼らはこの旅程中はあたかも俺の配下のような振りをする手筈となっている。

 最初に向かうのは旧ベイス侯爵領都アタンタル。

 現在、東部で1番人口の多い都市である。

 そこから、俺の領地に併合された貴族家の領都をなぞりながらフォックレストまで街道を進み、東進して、ドラグネアを通り越して、イマーマまで進む行程を取る。

 まず、領主を失って不安を抱える領民の慰撫と街を運営するために残った人員を正式に雇い入れる手続きを行うわけで、これは辺境伯家の業務を公爵家が助けると言う形だ。

 対してフォックレスト以降は、手助けをしてもらった礼として、公爵に領内を案内すると言う言い分の元に行われる王国側への利権享受。

 何故かフォックレストで数名の法衣貴族が合流して、案内を受ける人間が増えるシステムだが…。

 彼らは公爵の案内にただ乗りして借りを作り、宮中のジューナス公爵の影響力が高まり、ジューナス公爵は自身の影響力を増す利益を得るのに骨を折った俺に借りを作る。

 そうやって互いに結び付きを作っていくことで、派閥となっていく訳だな。


 辺境伯である俺が実務系の大臣や宰相の派閥に入れば、後々王宮への影響力が強くなりすぎる。

 何かある度に呼び出されたら堪らないので王宮から距離を置きたいが、それでいざと言う時に陳情を後回しにされても困る。

 そこで実務職を持たない公爵と組むのが最良と判断した。

 対して、公爵は自前戦力を殆ど持たないので外遊時の護衛は国軍頼み。

 平素はそれでも問題ないが動き出すのに時間が掛かる国軍頼みは緊急時に機先を削がれるので、辺境伯家との結び付きがあった方が利益があると言う訳だ。

 最もらしく語るが、これを調整したのはジンバル宰相とウチのシュール君であり、俺とジューナス卿は蚊帳の外だったりする。

 宰相としてはマウントホーク辺境伯領とファーラシア王国の間に不和が立つのが怖かったようだが、それでも自分の寄子からは反発もあるだろうに、損な役回りである。


「宰相ってのは結局バランサーなのだ。

 法衣貴族と領地貴族の影響力のバランス。

 内務外務軍務の権力のバランス。

 よくいるのが宰相を内務閥のトップと勘違いしている者だが、実際の宰相は何処の派閥にも属さね法衣貴族であり領地貴族であると言う立場だ。

 ユーリス卿の言うような反発は受けんよ。

 何せ、彼の下には騎士爵しかおらん。

 侯爵位の彼に文句は言えん」


 道中の暇潰しに役職の職責や職権の説明を受ける。


「しかし、それは建前でしょ?」

「無論、宰相に就く前や降りた後の寄子はいるが、宰相に就いた時点で貴族としての縁は子供に譲り渡すのが慣わしだ。

 表立って反発出来んよ」

「…なるほど?」

「ボーク元宰相か?

 あの家はロッド卿本人は優秀な人材であったが、その子がな。

 はっきり言って長子がボンクラで次男や三男が優秀だった。

 …ロッド卿も人の親であったと言うところだな」

「その次男や三男に会ったことがないので何とも言えませんが…」


 最初に世話になった爺さんの状況を鑑みて、疑問符が付いたのをジューナス卿も感じ取ったらしい。

 解説を入れてくれる。

 まあ、敢えてアストルのことも口にしない。

 あまり接点がなかったのでどうこういう気にはなれん。

 次男達が本当に優秀だったとも限らない、ジューナス公爵もあまり会う機会がなかっただろうし、たまに会う相手と言うのは、日常的に会う相手より評価が上下にブレやすいから。

 ……平和ボケしてるな、とは思ったが。


「…本来なら、王都を動けないロッド卿に代わって、領地と王都を行き来するべきはアストル殿であったが、それを三男のジャック殿がやっていたのだ」

「そうですか…」


 アストルの奴は本当にボンクラだったんだな。

 同じ兄弟でありながら、唯一父の爵位を継ぐのだぞ?

 最も重い負担を背負って兄弟に示しを付けるべき立場だろうに、下の2人に押し付けて遊んでいたのかよ。


「まあ、元々冒険者をしていて、侯爵となる予定もなかったロッド卿を気心が知れていると宰相に取り立てた先王陛下にも非はあろう」


 …またお前か!

 ロランドの件といい、本当にダメな王だったんだな!


「…その内、ぶん殴りに行こうかな?」

「…誰のことかは知らんが、私の分も頼もうかな?」


 目前のジューナス卿も先王には腹が立っているらしい。

 勇者召喚の遠因が奴である以上、俺の行為を黙認する気だと互いの思惑を確認する馬車の旅だった。

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