第135話 四方の情勢
ファーラシア各地へ赴いている密偵が王宮に集まり各種の報告を行う。
聴者は、レンター王とジンバル宰相に内務、外務、軍務の3長である。
密偵達にとっては、誇らしくも胃の痛い報告会は、現在最も好調な東部からスタートする。
「東部では、マウントホーク辺境伯領領都ドラグネア建設が6割まで完成し、衛星都市の建設が始まりつつある状況です。
辺境伯による資金供給のみならずマジックバッグ等の資材供給もあり、加速度的に建設が進んでいますが、むしろ王国による街道設置事業の遅れを不満に思う商人が多く、その旨の対応が必要かと思われます」
好材料の多い東部担当者は、数少ない不満として街道整備を報告する。
王家の批判をしなくてはならない自分を少しでも不遇に見せて、妬みをかわそうとしているのだ。
「…順調ですね。
しかし、王国が辺境伯家未満の対応では問題があります」
「はい。東部警備兵の一部を街道設置の援軍として派遣致します」
レンターの言葉に軍務卿が答える。
新興の辺境伯家より王国の工事の進捗が悪ければ、王家の能力が疑われかねない。
向こうが反則的な厚待遇とマジックアイテムによる後押しのせいだと言ったところで誰も納得しない。
「頼みます。
しかし先生の住む街はドラグネアになったのですね?」
「はい。
辺境伯殿から相談があり竜の巣だから、ドラゴンネスト。言いにくいからドラグネアだと申請されました」
「安直な…」
宰相の報告に呆れるレンターだが、軍部や外交部内では周辺国へのプレッシャーになる良い名だと評判が良い。
「続いて、その辺境伯閣下の状況をご報告致します。
辺境伯閣下は先日長いダンジョン篭りから戻り、王都別邸で休息中のはずです。
再度、ダンジョン攻略をしているはずと連絡を受けておりますので、希少価値の高いアイテムが市場に出回る可能性が高いかと思われます」
王国の養成した最上位の密偵が、個人に付く厚遇ぶり。
その密偵の話に最も反応したのも軍務卿である。
「それは良い!
あのご仁は武具にはあまり興味を示さないから、気前良く売ってくれるしな!
直接軍部で購入したいと使者を遣わそう」
「軍務卿は楽しそうですね。
あの方、便利なマジックアイテムは領地に全部つぎ込むので、全然出回らないんですよ?
マジックバッグとかを他国に献上したらどれだけの利益となるか…」
「全くだ。
豪商に譲れば流通に革命が起きるのだがな…」
対して、外務と内務はつまらなそうである。
現在、辺境伯家がマジックバッグを25以上も所持していると聞いて交渉に出向いたが、門前払いを食らっているのだ。
「そういえばファークス軍務卿。
軍部によるゴブリンポーター討伐はどうなっているのです?」
「辺境伯家が用意した拠点を利用してレベル上げと攻略に励んではいるが、一向に進展はない。
冒険者パーティ『ディープライトニング』の協力の元、20層のフロアボスを安定して倒せるようになるのも当分先だろう。
その後、25層のフロアボスと対等に戦えるようになって初めて挑めると考えている。
でなければ護衛に出てくるゴブリンパラディンに返り討ちに合う可能性が高過ぎて決行出来ない」
とばっちりにため息を付きながら、弁論を述べる軍務卿にがっかり顔の両大臣もため息で応える。
「まあまあ、先生から現状の都市建設が落ち着けば、少しずつマジックバッグを売りに出すと言質を貰っています。
それを待ちましょう」
暗くなる空気を入れ替えるようにレンターがフォローを入れる。
「さて、他の地域はどうなっている?」
「北部は3つの勇者子爵家が領都建設に着手しました。
また、マウントホーク領グリフォスが、マーキル王国及びジンバット王国の商人や兵の受け入れを始めて活気付いています」
「グリフォスは良いニュースですが、勇者家は何をしていたのです?
ミカゲ子爵家は既に領都運営を始めていますよね?」
「そちらは私の落ち度です。
勇者家と旧代官の意志疎通を行う調整役が不祥事を起こしまして、引き継ぎも上手く行っていなかったようです」
レンターの疑問はジンバルが答え謝罪する。
「その前任者は?」
「マカレール子爵です」
「…彼は兄の方に情報を流している疑いもありましたね?
それなりの処分を…」
「賜りました」
あえて放置していたことで、前宰相の部下であるマカレール子爵の処分が決まって、頭を下げつつ喜ぶジンバル。
「西部は東部に牽引される形で好景気を迎えていますが、一過性である可能性が高いかと思われます。
ウエイ伯爵に再三に渡って新事業開発を要請していますが、一向に目立った成果はありません」
「うむ。
鉄の交易路が復旧する前には新たな特産物を出せるように指示しなさい」
レンターの有力な支持層の多い西部には頑張ってもらいたいと発破を掛けるジンバル。
「…南部は混乱の極みにあります。
ボーク侯爵家が代替わりと共にクレブル伯爵家に懲罰的な侵攻を開始し、クレブル伯爵家の不正を大々的に発表したことで2家の間で激しい内紛が起こり、クレブル家の片棒を担ぐ家が参戦。
それに対してボーク侯爵家は劣勢下にありました。
しかし、ボーク侯爵家が公表したクレブル家の不正に国への背信行為もあり、一部国軍がボーク侯爵家に合流。
拮抗状態が続いております」
最後に最も状況の悪い南部の報告がなされ、事態が更に悪化したことを国の上層部が知る。
「東部から目を逸らすために南部の状況を放置したのが失敗でしたか?」
「いえ、言っては悪いですがこれは伝統貴族同士の争いです。
救援要請もなく介入すべきではありません。
合流した国軍も処分が必要でしょう…」
周辺国への囮の感覚が強いレンターに、ジンバルが待ったを掛ける。
味方同士の諍いは上手く調停しなければ、一方または双方から恨みを買う。
「…不正を正そうとしたボーク家が滅亡せず拮抗した功績と国軍としての行き過ぎた行為への罰。相殺して隊長格の降格くらいが妥当でしょう」
水を向けられた軍務卿は難しい顔で国軍への処罰を決める。
「…何時くらいに介入を?
内政部としてはいい加減にしてほしいのですが?」
「外交部としても他国へ示しがつかないでしょう」
国として内外へのメンツを気にする両大臣だが答えたのは軍務卿ではなく、
「そちらは王国の意向だ。
西部が力を付けるまで鉄の交易路は使えない方が望ましいし、南部の混乱が続けばマーマ湖を介した流通が早まるかもしれん」
「……では何も言うことはありません。
魔物領域の解放と言う一大事業の最中ですしね。
商人ギルドに手を貸すように要請しましょう」
「右に同じく。
マーマ湖は大陸でも有数の湖と聞きます。
海洋国家から技術者を招くように取り計らいましょう」
宰相だった。
彼から王国の意向と言う言質を取った両大臣は、利権に絡むための準備を提案する。
伝統貴族同士の争いと言う旨味の少ない争いより、東部開発に注力したいのは当然だが、伝統貴族だけにそれぞれの部内に縁者がいるのでしょうがなく訊いただけだった彼らは、国の意向と言う名分を得て、部内を黙らせることが出来る。
「…大体の方針は決まりましたね。
それでは各自業務遂行に尽力してください」
宰相の号令で報告会は幕を閉じ、国の方針は東部の開発を中心とするとした大指針が示されるのだった。
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