第118話 レンターの婚約

 街道の件で相談を受けた俺は何故か王都で宰相と食事をしていた。

 侯爵が時間も良いので、昼食を取りながら話し合おうと提案してきたのだ。

 …つまり俺にとって警戒すべき交渉と言うわけだ。

 何故かと言えば、人間を含む生物は食事の時に警戒が緩む。

 だから気を許した相手の前でしか食事を取りたがらない。

 逆に食事を共にすることで相手との連帯感を強く感じる錯覚に陥りやすい。

 いわゆる、


『同じ釜の飯を食う』


 と言う奴だな。

 だからこそ接待とかで会食を行うわけだし、夜会が行われるわけだ。

 良くラノベとかで高位の貴族に招待された時に、


『楽にして、いつも通りで良いですよ』


 と言われて、実際にマナーが出来ていなくても目くじら立てられないがあれもある種の罠だ。

 歴史がある家や社会的な地位のある家柄で食事の時にマナーをしっかり教え込むのは、会食が交渉の場であると自覚させるためでもあり、その状況で相手にマナーを問わなければ、一方的に交渉の主導権を握れるわけだな。

 それに付随して、長く洗練された家ほど普段の食事ではマナーを問わない。

 マナーを守ることが普通になれば意味がないからだ。

 食事の格や状況に合わせて、マナーの質を変えられるかどうかをみれば、相手の家柄も分かりやすいだろう。

 そういう意味では、さすが歴史ある侯爵家と言えるだろう。


『共に王国の臣ですので』


 と言う建前の元に品を損なわない程度にマナーを守らない。

 こっちに気を許しているとみせて、こっちが緩むのを誘いながら、自分はペースを保つ腹積もりだろうな。

 何でそう思うかと言えば俺も同じようなことをやっているから。

 最初は丁寧に話して、次に会ったくらいでぞんざいな口調に戻すことで、こっちが相手に気を許したと思わせる。

 異世界人だから使える手ではあるが、結構に騙されてくれるのでおすすめだ。

 ……しかし、俺相手にそこまでする難問か?

 どっかの王国に出向いて婚約をまとめてこいとか、あるいは俺の持つダンジョン産の秘蔵アイテムの提供とか?


「…さて、本題に入りましょうか」

「そうだな。

 しかし、話題がレンター王の婚約である以上は俺に話題を振られても困るのだが?

 ウチには関係ないだろう?

 辺境伯家には跡取り娘が1人いるだけだぞ?」


 …念のために牽制はしておく。


「そうですね。

 しかし、王国としてはかなり困っているのですよ。

 現在3つの王国の王女、南部の有力貴族の令嬢数人、恥ずかしながら我が娘も含めて9人が候補に上がっておりますが、軍部からはマウントホーク家のお嬢様こそ正妃にすべしと言う声が…」

「何故?」

「王家とマウントホーク家の同化を願っているのでしょう。

 将軍達としては一騎当千のマウントホーク卿と戦うのは絶対に避けたい。

 そのための保証がほしいと言うことですね」


 グリフォンの領域を単騎で解放したのが裏目に出たか。

 あの状況では最善だったと思うが、軍からそんなに怖がられていたとはな。


「しかし、先ほども言ったがウチの一人娘を嫁にはやれんぞ?」


 当人が望むのならやぶさかでもないが、そんな気配はなかった。


「分かっています。

 しかし、これから東部の開発が進むほどに、内務閥や外務閥からもそういう意見が出てくるでしょう」

「俺の力を国土全体の発展に使いたい内務と俺の威で交渉を優位にしたい外務か…」

「はい。そうなる前にも相談をしたいと思いまして…」


 …根回しと言う所だがこちらも事前情報はありがたい。

 しかし、


「それで王国の考えは?」

「ご息女の第一子が次期国王となり、第二子が辺境伯を継いで王国を盛り上げてはと言うのが宮中で内々に広がっている腹案です」

「マナが望めばそれでも良いが、ご破算になった時の不満はどうなる?」

「王国に向くかもしれませんし、最悪マウントホーク卿を担ぎ上げての簒奪もあり得るのではと危惧しています」


 解決策の提示ではなく、最悪の場合の事態推移を語られた。


「何を俺に望むと聞いているのだが?」

「王国は保証がほしいのです」

「……誓約書でも作るか?」


 先が読めてきたので逃げようとするが、


「ミネット王女殿下は現在嫁ぎ先に困っております」


 回り込もうとする侯爵。


「我が家の発展と共に婚約依頼が殺到するさ」


 さらに逃げ…、


「それらを選んでマウントホーク家と縁が結べなければ意味がありません。

 率直に申し上げる。

 ミネット王女を卿の家に嫁がせたい!」


 回り込まれた挙げ句にストレートな一撃を放たれた。

 …そんな嫁に殺されるような真似出来るわけないだろうに。


「前向きに検討すると言うことで良いか?」


 政治家のような回答だが、今の時点で解決策が思い浮かばない。

 しかし、何か手を考えんとマナが王家に取られかねん。


「是非お願いします」


 侯爵としてもミネット王女が俺に嫁げば、自分の娘が王家に嫁げる目が出てくる。

 マナが王家に取られれば、側妃は外国の有力諸侯で固めざるをえん。

 今のレンターの側妃に国内の有力貴族の令嬢が嫁げば、伝統派と親マウントホーク派で国内がまた割れかねないしな。

 一部で利害が一致し、一部が反目する。

 杉田よ。

 これが味方と言う距離感だぞ。

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