第117話 ジンバル侯爵家へ

 ラーセンに着いた俺は王城ではなく、ジンバル侯爵邸へと向かう。

 杉田とのことで奴に文句を言いたかったのと街道設営の実務にレンターが関わっていないだろうと思われるから。

 ジンバル侯爵邸で、俺の来訪を告げるとすぐに侯爵自らやってくる。

 …よほど待っていたらしい。


「やっと来てくれた!

 待っていましたよ。マウントホーク卿!」

「……妙にやつれていないか?」


 目には隈を作り、頬はゲッソリと削げた病人のような顔の侯爵から歓迎を受けてもいまいち嬉しくない。


「最近寝ていないんですよ。

 ……街道の件で。

 元々『魔狐の森』外縁で宿場街を造る予定をしていたラーセンの商人ギルドと森の奥で宿場を開こうとしている霊狐達で争いが起こっていましてね。

 王国としては商人ギルドに肩入れしたいのですが、霊狐達はマウントホーク卿の直臣な訳です」

「……俺の領地に敷く街道だから俺の意向が最優先だわな」

「はい。霊狐達の訴えを聞いたマウントホーク卿が街道に関所でも置いたら大打撃ですので……」


 辺境伯として領地の警備とか言えば、王国も文句を言えない。

 抗議に来た商人はスパイ容疑で捕らえれば良いわけだしな。とはいえ、


「そもそも何で商人ギルドが口を挟んでくるんだ?

 まだ対外的には魔狐の森は未解放だぞ?」

「どうやら、マカレール子爵が『魔狐の森』迂回路の計画を洩らしていたようでして……」


 冷や汗をかきながら自白するジンバル侯爵。


「結局王国側の不手際じゃねえか!」

「お怒りごもっとも。

 マカレールは役職を解いて、謹慎させていますが……」

「商人ギルドの説得を俺がしろと?」

「いえ、王国から交渉役を出します。

 マウントホーク卿には事前に連絡をと思いまして……」


 まあ、商人は利に敏いし、王国が街道を敷く場所が俺の領地で、俺の配下が既に動いていると知れば計画を引っ込めるだろう。

 ダンジョン産アイテムの冒険者ギルドによる独占を止めた俺に好意的だし。


「分かった。

 ……あ、そういえば杉田の領地の件は知っているか?」

「勇者のスギタ子爵のことですか?」


 この件もしっかり釘を指しておく。

 放っておくと他の勇者も危険だし。


「ああ、ベリート代官が街を占拠して立てこもっており領地開発に着手出来ない状況にある」

「それは聞きましたが?」


 ピンとこないか。

 領地の問題で軍が動いた話を文官系のジンバル侯爵が理解出来ないのもおかしな話ではないな。


「それ自体は参謀役のテミッサ侯爵家の従士が原因だが、そうなった遠因は王国が北部に相談役となる高位貴族を置かなかったからだぞ?」

「ちょっとお待ちください!

 北部に高位貴族を置かなかったのは、将来スギタ卿か、ナカノ卿に伯爵位となってもらい、北部統括をしてもらうためです!」


 慌てて反論するジンバル侯爵だが、それを当人に言い含ませなかったことも問題であり、同時に、


「それにしてもあの若い連中だけと言うのは無責任だろうが?

 尻拭いは俺に回ってくるんだぞ?

 その分領地開発が遅れるだろうな?」


 東部の開発が王国側の不手際で遅れたとなれば、王国が批難されるのは当然。


「もちろん王国としても補佐します。

 マカレール子爵が窓口を……」

「それは謹慎中の子爵だな?

 引き継ぎは済んでいたのか?」


 計画を洩らすような奴が職責を全うしたとも思えないが。


「調査します。

 今回はご指摘に感謝しますので……」

「そっちは理解しているつもりだ。

 その辺はどうこう言う気もない」


 宰相位の奴が頭を下げたと言うのも宰相に頭を下げさせたと言うのも共に外聞が悪いので、情報に対する感謝と言う形でジンバル侯爵は謝罪に変えたわけだ。


「それでですね。

 もう1つ相談がありまして……」

「ああ、街道の件は口実か……」


 おかしいとは思った。

 『魔狐の森』の件は、正直書状で詫びの1つもすれば済む話だ。

 ……実害はまだなかったわけだし。

 俺自身、豊姫達があんなノリノリで宿場町を造ってるとは思わなかった。

 むしろ、その情報を元に資材を発注したであろう商人が気の毒に思うが、賄賂で裏から得た情報を白紙に戻されたと文句は言えない。

 口利きをしたマカレールが恨まれるだけの話だ。


「レンター様が王位を継承されましたので、婚約者をと言う話に……」

「まあ当然だな。

 むしろ既に結婚しててもおかしくないだろう?」

「ええ、ただこれまではロランド様が居られまして……」

「まあ曲がりなりにも兄だったからな」


 幾ら傲慢で浅慮でも致命的なやらかしがなかったので、継承権は取り上げられず、そうなると下手な貴族令嬢は宛がえない。

 かといって高位貴族は奴との縁組みは倦厭するだろうし、


「弟も婚約させないことでお茶を濁して、ロランドが暴走するのを待っていたわけか」

「そのような思惑もあり得たかと……」


 まあ主君筋に肯定も否定も出来ないわな。

 しかし、


「そのロランドの暴走が今回の勇者召喚となると俺達は純粋な被害者だな」

「それは……」

「別に責めているわけじゃない。

 ただロランドの性格から言って、他国の高位貴族を直で侮辱とかしてそうだなっと思っただけだ」

「先王陛下のご意向で外国貴族のパーティには参加させておりませんので……」

「それで内乱を大きくしたのか?」

「……」


 外国から見たらまともな王族に見えた可能性があった。

 国内では傲慢だが他国ではそれなりに振る舞える奴なんて五万といるだろうし……。

 だが結果として、


「アガーム王国の介入を招いたのは先王と言うことだ。

 ……レンターはしっかり養育してくれよ?」


 不遜極まりない発言だが、辺境伯と言う立場がそれを許す。

 戦争を未然に防ぐのも辺境伯としての職責だ。


「それも含めまして、本題が……」


 ? 妙に含みのある言い回しだが、何を考えているのだろうか?

 ……嫌な感じがするな。

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