第116話 杉田に再会

 ミーティアからラーセンへ向かう場合は、普通はルネイ、バーニッヒから更に西にあるトランタウ教国法都ラ・トランタウとラーセンを結ぶ北部街道に入り、そこを南下していくのが正規ルートらしい。

 既に何度かラーセンとミーティアの間を移動しているのに正規ルートは初めてだと思いながら、徒歩で街道を進む。

 さすがにトランタウの首都とラーセンを結ぶ街道だけに巡礼者が多く治安も良い。

 1人旅の俺にも軽く挨拶をして通り過ぎて行く人々を眺めながらの旅。

 その道に入ってから2つくらいの街を素通りした所で、人集りにぶつかった。

 だいぶ日も傾いて来たので野宿出来そうな場所を探していたのが幸いしたらしい。

 竜の力に目覚めてから、かなり上がった視力には知り合いの顔が分かったので、立ち寄っていくことにした。


「こんな所で何をしている?」

「のわぁ! し、師匠!」


 軽く気配を抑えて近付き、至近距離で声を掛けたら、大きく驚いてからこっちを認識し、ホッと溜め息を付く。


「何でも何もここに俺の家と街を造ることになっているのは知ってんだろ?」

「……ああ、この辺りはお前の領地になるのか。

 もっと西寄りだと思っていたが、良い立地じゃないか」


 街道を抑えるルートを領地とするってのは、かなり美味しい。

 宿屋と食堂を用意するだけで最低限の採算が取れる。


「?

 皆そうだろう?」

「……そういえばそうだな。

 中野はジンバット王国、大池はマーキル王国へ通じる街道沿いの領地だし、御影はバーニッヒから旧ベイス領都アタンタルに通じる街道沿いか」


 これから街道を敷く予定の俺と大違いなイージーモードである。


「そんでここには下見に来ているのか?」

「そのつもりだったんだけど……」

「何があった?」

「ここの旧領主と家臣達が近くの街を占拠しているんでそれをどうにかしないといけないらしくて…」

「まあ向かうからしたら、お前達は自分の領地を奪う悪党だからな」

「嫌な言い方しないでくれよ。

 それでスギタ子爵軍を組織して、街の解放に乗り出したんだけど…」

「負けたのか?」


 じゃなきゃ、こんな所に集まっていないだろう。

 近くの街で宿を取れば良いのだし。

 よくよく見渡せば、武器や防具がそこらじゅうに投げ出されている。

 …1戦交えたにしては綺麗だが。


「ベリートって街に立て籠られている」

「さっき通り過ぎて来た街か。

 あれは街壁も結構高かったし、中々骨が折れる攻城戦となりそうだな」


 まだ明るい時間にも関わらず、街門が閉じていたのはそういうわけか。


「それじゃ! 頑張れよ!」

「ちょっと待って!

 師匠! 弟子が困っているんだから助けてよぉぉ」


 面倒なので爽やかに立ち去ろうとしたら、袖を引っ張られた。


「師匠ってお前らが勝手に呼んでるだけじゃないか。

 こういう状況のために寄親とかがいるんだぞ?

 御影なら俺の寄子だから助けるのもやぶさかではないが?

 …そういえばお前らの寄親誰だ?」

「え?」

「おい」


 キョトンとした顔の杉田に不安を覚える。

 寄親を覚えていないなんて、貴族としては大問題だぞ?

 王都や他の地域の情報をどうやって仕入れる気だったんだ?


「お前らな!

 自前で情報収集機関でも用意する気か?

 …予算が持たんぞ。

 せめて北部閥で集まって、誰が何処の地域の情報を集めるかとかの戦略がいるだろう?

 その時に中心となる人物は?

 この領地を受領した時に誰々に挨拶に行けとか言われなかったのか?」

「え? え? ええ?」


 …あかんわ。コイツら本格的にヤバい。


「あのな?

 日本みたいにネット検索ですぐに情報が出てくる世界じゃないんだ。

 この世界で情報を手に入れたかったら人伝か、金を払って買うしかない。

 むしろ人を雇って情報を仕入れさせるのも貴族の仕事だ。

 それには大金が掛かる。

 だから近所で分担を決めたり、仲間で情報を共有するわけだ。

 その時に音頭をとるのも寄親の仕事だし、そこで会っているだろう?」

「……」


 俺の説教にも沈黙で応える杉田にいい加減嫌な予感が最高潮に達しようとしている。


「北部で一番大きい貴族領はツカーズ伯爵か。

 ? ツカーズ?

 ……まさか!」

「師匠?」


 自分なりに北部の勢力図を思い浮かべて思い出した。

 北部をまとめるツカーズ伯爵はレンターの援軍要請を無視して、男爵位まで降爵され領地もそれに合わせて転封されている。


「王都のボンクラどもめ!」

「ヒィィ! し、師匠ぉぉ…」

「あ、すまん」


 杉田の悲鳴で我にかえる。周囲はドサドサと音がしているし…。

 うっかり怒りを撒き散らしてしまった。

 杉田はともかく周囲は気絶しているな。これ。


「すまんな。

 自分達の都合でツカーズを降爵させといて、後始末をしていない王都の連中に腹が立った」


 これは北部への嫌がらせとかじゃなく、東部が大発展するチャンスであり、そこに嘴を突っ込みたい法衣貴族が忘れたとかのオチだろう。

 そもそも勇者である杉田が赴任してくるのにこんな大反発がおかしいのだ。

 …そうだ。

 何故、こんなことになっている?


「ひとまず寄親は置いておくとして、何故こんな立て籠り事件が起こってるんだ?

 どういう交渉をした?」

「え? ここら一帯を支配することになったリョウ・スギタ子爵だと名乗って、この街から出来るだけ早く出ていってほしいっと…」


 あまりにもアホな内容に頭を抱えた。


「アホだろ。

 そんな上から目線で言われて、はい分かりましたとすむわけがない」

「けど、領主として舐められたらダメだって!」

「領主としての権威と言うのはその他大勢の一般人に対するものだ。

 それまで問題なく街を治めていた貴族にやるもんじゃない。

 誰だ? そんなアホなアドバイスをしたのは?」

「レミントン。…嫁の実家から来たウチの従士長だけど」

「つまり元々はテミッサ侯爵家の従士か。

 杉田よく聞け。

 ソイツを始めお前の味方は味方であって、お前自身ではない。

 誰もがお前に助言や献策をしてくるだろうがそれはお前のためのものではないと覚えておけ」

「けど、味方だろ?

 俺を助けてくれるんじゃ!」

「お前を助けることが自分の利益になるのがお前の味方だ。

 お前の味方が行う助言は『お前のためのもの』でじはなく、『お前のためになるかもしれない自分のためのもの』だ。

 取り違えるなよ?」

「……」


 絶句して固まる杉田を眺める。

 大人でも納得出来ない奴が多いものを中坊に納得させようと言うのが、無茶だが俺くらいしか教えてくれる保護者もいないのだからしょうがない。

 …中には自分より他人を優先するヤバいのもいるが、コレは絶対に話を聞くべきでない例外だから除外する。


「当たり前だろう?

 お前の従士長はお前が貴族として繁栄してくれないと職を失うからお前の味方をする。

 けれど、ベリートの代官への対応は紛争になった方がソイツには都合が良い。

 お前の場合はベリートの代官をそのまま続投させて、家臣として取り立てた方が良かったがな」


 瑕疵もない奴なら、そのまま続投させた方が民も安心する。

 逆に新領主が強権的に差配すれば、不安な民も反発するのが当たり前だ。


「けど、何でそんなことを?」

「ここでその代官を倒し、ベリートの代官職を自分の友人に与えられれば利益になるからだ。

 当たり前だろう?」

「……」

「さて、良い勉強になったな?

 俺は行くから……」


 この嫌な現状から抜け出したい俺はどうにかフィードアウト出来ないか試みる。


「だから待ってくれよ!

 師匠ならこの状況をどうするんだ?!」

「お前な…。

 俺が関わりたくないと見抜いているだろ?

 一番『正しい』やり方は王国軍とかの援軍によるベリートの街の殲滅だぞ?

 お前の号令で数百人の死者が出る紛争になる。

 そんな後押しはしたくない」

「……」


 杉田は恐怖で真っ青な顔をしているがベリートの現状は最悪だ。

 街単位での直訴なら領主が要求を飲むなんて前例は決して認められない。

 やったら最後皆殺しになると言う教訓にするのが正しい。


「もうひとつだけ手がある。

 一番『スマートな』方法が」

「教えてくれ! 何でもするから!」


 土下座しそうな勢いの杉田だが、それも同じくらいの心労を伴うぞ?


「レミントンとか言ったか?

 ソイツに全部の責任を背負わせて首をはねろ。

 罪状は『レミントンが子爵の考えに背いてベリート代官を勝手に解任しようとした』で良い。

 その首を持って交渉に行けばすんなり解決するさ」

「…」


 目を見開いて絶句中の杉田。


「この場合、嫁に事情を話して嫁経由で侯爵への事情説明の書状を出し、自分は侯爵家の糾弾状だけ出せよ?

 それを怠ると大変だからな」


 向こうもコイツへの負い目を感じて、抗議はしてこんだろう。


「し、師匠…」

「お前にも言っただろう。

 責任を負うってのはそういうことだ」

「……」

「……はあ。

 自分でレミントンとやらを殺せないなら俺が今回だけは手を貸してやる。…どうする?」

「…他に手はないのかな。

 俺は勇者なのに…」


 子供には辛すぎる決断だよな。

 俺が背負ってやっても良いか……。


「…あるぞ」

「え?」

「爵位を返上して、謝罪すれば『お前は』誰も殺さなくてすむ。

 その時は王国に無用な混乱を招いたお前を追討する命令が高位貴族、十中八九、俺に降るだろうが…。

 それくらいは背負ってやっても良い」


 同胞の誼で一抜けくらいは許してやる。


「………こんな世界大っ嫌いだ」

「今に始まったことじゃない。

 それで?」

「自分で殺るよ。それが責任を取るってことなんだろ?」


 ゲッソリした顔で目だけがギラついている。


「酷い顔だ」

「ほっといてくれよ」

「それじゃあ、俺は退散するぞ?」

「次会う時はまともな貴族になってるかな?」

「貴族にまともな奴なんていない。マシな奴とそうでない奴くらいだろう。

 …またな」


 震える手で剣を抜こうとする杉田を置いて、場所を離れる。

 気分転換に王都まで走ろうかと思いながら……。

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