第109話 物語の裏語り

 ボルドー商人ギルド長からの誘いを受けて、彼の屋敷で1泊することになった俺達は夕食時に彼の娘と軽く挨拶を交わした。

 その後は、旅の疲れがあるのでと理由を付けて、すぐに貸し与えられた部屋に引っ込んだ。

 ボルドーとしても俺達がまだ新商路開拓の半ばであることから今回は顔合わせ程度の思惑だったのだろう。

 特に何も言わずにこっちを見送った。


「アイリーン嬢も警戒していましたし、今は様子をみようと言う感じでしょうか?」

「だろうな。

 今みたいなデリケートな時期に若い野心的な商人を父親が連れてきた。

 強い警戒心を抱くのは当然だろう」

「主様もかなり積極的に話し掛けておられましたがあれは…」

「うん?

 今回は噛ませ犬をやろうかと思ってな」


 俺の考えが読めずに首を捻る兄妹に笑い掛ける。


「この間まで箱入り娘だった少女に、自分の利益のためなら結婚相手さえ利用しようとする奴は嫌悪の対象だろう?

 ソイツが自分に話し掛けてくるんだぞ、どういうつもりかと問い質したくなる。

 だが父親が連れてきた相手に下手なことは言えん。

 探りを入れるのも信頼出来る者に頼まないとならない。

 その適任者は?」

「恋人であるエリオと言うわけですね?」


 賢実の問いに頷く。

 ただ、


「ボルドーの反応が想定外だ。

 普通自分が連れてきた相手がことあるごとに娘に話掛けたら警戒するだろう?

 俺ならマナが連れてきた相手でもそうするぞ?

 何であのおっさん、微笑ましそうにこっち見ていたんだ?」

「…おそらく主様の積極的な態度を頼もしいとでも思われたのでは?」

「迷惑だ!」


 異世界の父親事情など知らんぞ。

 …まったく。


「それでこれからどのような対応をなさるので?」

「そうです!

 まさかアイリーン嬢を誑かして!」

「するか!」


 だから冬誘、そんなごみを見るような眼を向けないでくれ!


「そんな嫁を裏切るような真似はしない。

 そもそもこの程度の商会にそれほどの価値はない。乱立する小国群の中では中堅程度の規模の商会だぞ?

 ましてやその内実はポッと出の商人に乗っ取られて、敵愾心を抱く連中の巣窟だとか話にならん」

「実に主様らしくて安心しました」

「はい。

 ここで愛する2人を引き裂けないとか言い出したらご病気を疑います」

「お前ら兄妹本当に容赦ないな。

 まあ良い。

 ここから先は2つのプランだ。

 エリオとやらをこの商会から一旦引き剥がすまでは一緒だが、真面目で裏工作に向かないなら俺はアイリーン嬢を口説く振りをしてエリオを焚き付ける。

 適当な所で潔く身を引いた振りをすれば、ボルドー商会はエリオが俺に勝ったと言う認識を持ち、そこに自分達も組み込む。

 誰だって勝ち馬に乗りたいからな。

 そうなれば、商会の連中はエリオの次期会長を後押しするだろう」


 ここまででは何故そうするのか理解出来ないのか困惑しているな。

 ……続けよう。


「エリオはライバルの振りをして自分達をくっつけてくれた俺とは多少友好的な関係を築けるだろうな。

 それに戦って自分達より下になった奴には優越感から手心を加える間抜けは多いからな。

 商会の連中もそういう態度を取るだろう。

 …大いに利用させてもらう」

「「……」」


 クククと笑う俺に沈黙する兄妹を尻目に、俺はノリノリでプラン2を話すことにする。


「これはあくまで次善案だ。

 本命はこれから話すが、仮にもそれなりの商会で番頭になってる奴だぞ?

 ある程度は服芸も出来るだろうから、一旦引き離したエリオを『アンノン商会』のこのルート担当と言う立場にして、ある程度利益を上げた時点で凱旋させて、そのままボルドー商会を『フォックステイル』に組み込む。

 多少は粉飾決算しても良いから奴は超有能と言う看板を背負わせて、周辺のアイリーン嬢の婚約候補となる者を黙らせる実力者に仕立て上げれば後はすんなり行くだろう」


 ましてやこっちは辺境伯家の小飼の商会だぞ?

 ボルドーも喜んで傘下に加わるだろう。

 リングス1のただの商会と大貴族(予定)の政商の幹部どちらが上位かなど簡単に分かる話だ。

 その上、自分の娘に嫌われない。

 …これは大きい。

 俺だってマナに嫌われたら首を吊りたくなる。


「引き裂かれそうな恋人を助けてあげると言う善行ですのに、何故主様がやろうとすると悪巧みのようになるんでしょう…」

「お前達は物語の裏側を知ったからさ。

 俺の行いだって、表面だけ見れば気の良いライバルの行動だぞ?

 巷に漂うドラマなんて誰かがこっそり筋書きを書いてるものだ」

「それにしても今日会ったばかりの商人によく肩入れしようと思われましたね?

 主様なら素通りかと…」


 妹と違って嫌なところを突いてくる賢実。

 …まあ良い。


「……俺がこっちの世界に来た時に一番最初に消した選択肢の先にいるのが、ボルドーなんだ。

 なんとなく他人って気がしなかった。それだけだ」


 正直に話しても良いだろう。

 俺だって誰かに同情することはある。それが自分が辿った道かもしれなければ尚更な。


「それは一体?」

「ウチだって娘が1人だろう?

 商人って立場なら娘の幸せより商会の未来を選ぶ選択肢は十分に考えられる。

 ひどい親と思うかもしれないが、商会の未来ってのは、結局、娘の未来でもあるんだ。

 未来の娘の幸せを考えた時に、現在の娘にベストではなくベターな幸せくらいで妥協を迫る。

 …そんな可能性は十分にあった」

「貴族でも一緒では?」

「それは高貴と富貴の違いを理解していない発言だぞ?

 貴族なら娘が好きになったのがダメな奴でも最悪別荘に夫婦で押し込んで飼い殺しにすれば、孫の養育で取り返せる。

 商人はそうはいかない。

 ダメな奴を好きになったら、無理矢理にでも別れさせるしかない。

 それが権威と財力の差だ」

「飼い殺しなんて…」


 悲しそうな顔で呟く冬誘に容赦なく現実を突き詰めよう。


「阿呆。

 豪華な別荘で使用人に世話をやいてもらい、1日のんびりと遊んで暮らせる訳だぞ?

 箱庭から出さなければ、そこが不自由な鳥籠だなんて気付かない。

 ダメな貴族とそれを好きになる娘なら尚更だ」


 それもある意味幸せの形だろう。

 きっとシンデレラとその王子もこんな幸せを享受して天寿を全うしたんじゃないか?

 …一目惚れの女性を権力の限りを尽くして捜し出すような王子だし。

 あれの王様が可哀想だな。

 絶対、溜め息ついてるぞ。

 そんなことを話していると、コンコンっとノックの音が響く。

 やってきたのはおそらく……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る