第108話 リングスの商人ギルド長ボルドー

 父から新商路開拓を命じられ、護衛となる狐獣人の兄妹と共にリングスまでやってきたと言う設定の俺達は、さっそくリングスの商人ギルドを訪れ、そのギルド長のボルドーと面会することになった。


「それで?

 ファーラシアからミーティア、リングス、トラシアを経由してアガーム王国の北部に抜ける商路で勝負すると?」

「はい。

 ファーラシア北部は勇者様方が領地を与えられて、急激な発展が見込めます。

 しかしロランド王子殿下が亡命したアガーム王国の商人達はその好景気に乗れません。

 そこをこのルートで物資の運搬をしてやっていこうかと…」


 …胡散臭そうに聞いている。

 大方、信じてはいないが自分達の利益になるかと言う程度の感想だろう。


「同業の誼で忠告しよう。

 勇者様達が領地をもらうと言う噂は聞くがそんな気配は一向にない。

 そんなあやふやな情報で動くのは危険だぞ?」

「それはレッドサンド王国との交渉が難航しているからです。

 下手に勇者様達が領地運営を始めたと言う噂が流れれば、戦時下のファーラシア王国では物資の高騰を制御出来ません。

 それゆえ、レッドサンドとの停戦が決まり次第領地開発が起こると言うのが父の考えです」

「なるほど。

 しかしそれなら、何故帝国方面ではなくアガーム王国方面に商路を?」


 少し顔付きが変わったな。

 胡散臭い詐欺師から少しは話を聞く価値のある新米商人くらいになったかな?


「父からはもちろんラロル帝国の方に手を伸ばすことを進められましたが、あの国とファーラシアは違いすぎます。

 まともに付き合いのない我々が交渉すれば失敗が目に見えていますので…」

「ほう!

 それはこの情報を譲り、我々の領分は犯さないと言う宣言でしょうかな?」


 こっちの意図を読み取った上での確認。

 その表情はとても輝いている。


「そう取ってもらって構いません。

 私のような新米がコネもなくしゃしゃり出ても相手にされませんので…」

「……うむ。

 それではあなた方の商会がアガーム方面に伸ばす商路については私が後ろ楯になりましょう。

 …あなたのような跡取りを持つお父上が羨ましい限りです」


 ため息をついて弱った顔で笑うボルドー。

 厄介事の匂いを感じる。


「私などは未だ未だですよ」


 謙遜して逃げよう。


「いやいや私などはリングス1の商人と言われていますが、未だに娘の婚姻1つまとめられないダメな親父です」

「娘さんですか?」


 身内の身の上話されても…。


「1人娘ですよ。

 息子も2人いたのですが流行り病で…」

「それは…」

「同情はいりません。

 生きている限り死は誰にでも付きまとう。

 しかし、娘が不憫でしてね」

「と言うのは?」


 関わりたくないけど状況的に合いの手をいれざるをえんな。


「娘は番頭をしているエリオと恋仲でした。

 しかし、跡取りとなる以上はその仲を引き裂かざるをえない」

「娘さんと恋仲になると言うことは若くして番頭に上り詰めるほどの方でしょうに…」

「番頭として、店を切り盛りできることと対外的に他の商人と交渉出来ることには必要な能力が違いすぎますよ。

 ましてやエリオは縁故による後ろ楯が弱い」

「そういうものですか」

「ええ。

 …これは老婆心からの忠告ですが、お父上のためにも長生きしなさい。

 大商人の死は多くの不幸を呼ぶものです」

「私などは…」

「あなたに期待しているのですよ!

 でなければ新商路開拓などを命じたりしません!

 どんなことをしても生き残る気概を忘れてはいけませんよ!」


 初対面の赤の他人な商人ギルド長から真剣な表情で忠告されてるんだけど…。

 良い人過ぎて騙してるのが心苦しい。

 ここにも『フォックステイル』の支店を置いちゃおうかな。

 …ダメだな。

 下手なことして、ただでさえ不機嫌な嫁の機嫌を損ねたくない。

 ボルドーの悩みはどの商会と政略結婚させるかの迷いもある筈だ。

 リングス内の商会ではバランスを崩すかもしれないと言う危惧があるのだろう。

 そこにファーラシアに本拠地を置く商会の有望そうな子息が来たなんて、下手な同情は危ないパターンだ。


「そうだ。

 ウチの屋敷に泊まっていきませんか?

 たいしたもてなしは出来ませんが、トラシア商人との交渉術くらいは伝授出来ますぞ?」


 ほら、やっぱり。

 …けどエリオって奴は会ってみたいんだよな。

 現状は相当燻ってると思うし、上手くやれば引き抜けるかも。

 いっそのこと、内密に正体をばらすのも手か?

 …いややめておくべきだな。


「それではお言葉に甘えましょうか」


 まずはエリオに会ってからどうするか決めよう。

 ウチのシュール君並みに良い子なら手を貸すのもやぶさかではない。

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