第103話 マナにお願い

 領地運営については嫁からも提案があったので、その方針も進めることにした。

 それにはマナの協力が不可欠なので、屋敷にてマナの帰りを待ち夕食時に話すことにした。

 それまでにゲーテからミネット王女に宛てた手紙を預かっていたので手渡し、彼女にも夕食の時に相談に乗って貰えるように頼む。

 また、冒険者の方の『フォックステイル』及び賢寿を初めとするこの街に来ている霊狐達のリーダー格の連中に現在の森の様子と、俺や豊姫の方針を伝える。

 他にも細々とした雑事をこなしていると日暮れとなり、作業の一部を明日に残して、食堂へ移動することになった。


「それで私へのお願いって?」

「うむ。まず友達をフォックステイルに誘って欲しい。

 その友達とはママが仲良くなっておきたいらしいからな」

「?

 いいけど?」


 多分マナ自身は訳も分からずにと言った所か?

 まあ親と友達が仲良くなるのは良いことだ程度の認識だろう。

 それでいい。

 まだ8歳の子供に貴族の世界を見せる必要もない。


「ふーん。

 私も友達なんだけど?」


 こっちの思惑を推測した上で、茶々を入れてきたミネット王女。


「ええ、マナと家族のような親しい友人ですね」

「あなたともそうありたいのだけど?」

「主人は私一筋ですよ?」


 俺の遠回しな牽制に含む言い回しで返してきた王女を嫁が一刀両断する。


「グッ!

 ユーリカ夫人はもう少し柔らかな表現を覚えられてはいかがかしら?

 いつか恥をかくことになりますわよ?」

「構わないわよ?

 私には教育を疑われる実家もないのよ?

 何を恐れる必要があるの?」


 ストレートな妨害に遠回しな脅しを掛けるミネット王女だが、嫁が更にズバッと切り伏せる。

 …考えてみるとこの嫁無敵じゃないか?

 俺もそうだが下手な言質が命取りになる貴族階級ではどうしてもストレートな物言いは出来ない。

 当主や嫡子は家の名誉に関わり、それ以外の男は将来の不遇に繋がる。

 女は女で未婚なら将来の嫁ぎ先に困るし、既婚者でも親族の女性の婚姻の妨げになる。

 けれど、ユーリカは既に嫁いだ後なので自分の婚姻には関係なく、実家がないようなものなので彼女の教育を疑われてもそれで困る女性は出てこない。

 マナはマウントホーク家の娘だし…。

 しかも王都の夜会へ参加する必要もない辺境伯夫人で、噂を気にする必要すらないっと。


「……」


 実際、ミネット王女が沈黙した。

 失う物がない人間って本当に強いよな。


「それで、ユーリカは辺境伯領都が整うまでは『フォックステイル』の店長で構わない。

 辺境伯夫人として公の場に出るようになれば、自分で料理をする機会なんて年数回になるから、今の間に楽しむと良い」

「え?」

「いや、何で驚く?」

「普段は誰が料理を作るのよ!」

「メイドだが?」

「掃除は?」

「メイドだな」

「洗濯…」

「もちろんメイド」

「私の仕事は?」

「………」


 不安そうな顔の嫁の質問に思わず目を逸らすと、その先に勝ち誇った顔のミネット王女。


「しょうがありませんので教えて差し上げましょう。

 貴族の夫人が行う最大の貢献は奥向の管理と維持ですわ。

 …後は側室達を仕切って家臣の妻や娘をサロンに招いてのお茶会くらいですわね」

「それって…」


 ミネット王女の回答に今度はユーリカが顔を青くする番が来てしまったらしい。


「奥向の管理をせずサロンを開くほどの権威も持ち合わせない。

 はたして、ユーリカ夫人に辺境伯夫人が務まるのでしょうか?

 ちなみに私を側室に置けば、全て丸く収まりましてよ?」

「姫様…」


 高笑いしそうな表情のミネット王女を執事のゴンザレスが嗜める。

 意外と負けず嫌いな王女だな。

 ここは下手な声を掛けないのが正解だ。

 対面のマナもうんざりした顔で沈黙しているし、子供でも女の子は機微に敏感だなと感心する。

 …或いは俺がいない日常がこれの可能性もあるが。

 さてこの2人は放っておいて、マナに注意しておくか。


「マナ。

 これまでまともに話したこともないのに来週辺りから、急に馴れ馴れしい奴とかは警戒しなさい。

 今まではマナは子爵家の娘だったが、これからは辺境伯家の娘になる。

 マナを利用しようと近づいてくる者も増えるんだ」

「うん。

 ローラッドでも貴族になった途端、馴れ馴れしくしてきた奴がローラッドの家からお金を盗んでいったもんね!」


 確かにそんな描写があったな。

 しかし、あれは物語の中の話で現実にあんな分かりやすい悪党もいまい。

 そもそも権力に媚びること自体は否定しない。

 …貴族と言う権威の否定に繋がるから。

 俺が心配なのは、実家との繋がりの強い奴が辺境伯家に入ってくることだ。

 俺がこの国へ入ってくるのに冒険者の身分でやって来たのだから、マナの地位が向上したことも広まってはいないはずで…。

 にもかかわらずマナが辺境伯令嬢になったと言う情報を持っているなら、実家からの情報が高いのだ。


「さすがにそんな分かりやすい悪者はいないけどな。

 だけど、パパが解放して街を設置する秘密の場所が知られちゃうとそのことを利用して、金儲けをする者が出るかもしれない」

「?

 けど、それはその人の努力の成果だから否定しちゃダメだと思うよ?」


 …娘が思った以上に俺の影響を受けていた!


「それもそうだけど。

 パパは秘密の場所に今弱い立場に置かれている人のための施設を造りたいんだ」

「ダメだよ?

 努力せずに弱い立場にいる人を助けるのに、努力して高い地位を維持しようしている人を押し退けたら、不公平でしょ?」


 …ヤバいな。

 娘が思った以上に責任の意味を理解している。


「いやいや、この世界は生まれながらに大きな格差があるんだ。

 弱者として生まれれば努力する権利すら最初から奪われていることも珍しくない。

 日本だとどんな子でも学校に通えただろう?

 けどこの世界では学校に通えるのはごく少数だ。彼らにチャンスを提供すること自体が不公平の是正さ」

「…うん。

 ごめんなさい」

「謝る必要はないさ。

 むしろそうやって色んなことを考えることが求められる。

 頑張れ」

「はぁい」


 ニッコリと笑う。

 マナに微笑み返しつつ、内心はどうしてこうなったと頭を抱える。


「マナちゃん。

 どんどん私に頼って良いからね?」

「アハハ。…考えておきます」


 …もしかしてこの王女のせいじゃないだろうな?

 妙に慣れた感じの愛想笑いを浮かべているぞ?


「まあマナはゆっくり勉学に励めば良い。

 そんで友達をたくさん作って欲しいと言うのが俺の頼みだ」

「頑張る!」

「ほどほどにな」


 両手を握り締めて決意している娘に無理はしないようにだけ言っておく。

 半年もすれば、マナにすり寄りたい者が大量に出てくるだろう。

 何せ北海道よりも広い土地の継承者だ。

 貴族の跡取りは将来の取引相手として、跡取りでない者は代官職の斡旋者として、ウチの娘は価値ある存在となるだろう。

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