第80話 フォックステイル 1

 魔術都市ミーティア。

 この街は研究に没頭して夜を明かす学士が多く、その胃袋を期待して朝から屋台が立ち並ぶ。

 その屋台を利用する冒険者も朝から活動を始めるので早朝でも活気に溢れた賑わいをみせる。

 屋台の名物は濃いめに味付けた肉を葉野菜と共にパンに挟んだバーガー。

 店により肉の味付け、葉野菜の種類が異なるのでここの屋台街だけで10以上の味が楽しめた。

 俺が気に入ってるのはチリソースモドキの辛いソースを使ったバーガー。

 ただ、それは同行者達にはキツい味だったようで1人を除いてむせたり、水を一気飲みしたりしている。


「だから、無理に合わせなくても良いと言ったのだ」

「ゴフッ、ゴフゴフッ!

 な、なあに、主君の好みを知るも臣下の務め。

 この程度でへこたれませんぞ」


 俺の窘めに隠者然とした狐獣人の賢寿(けんじゅ)が咳き込みながら反論する。


「好みってのは人それぞれだぞ」

「…辛かったのでしょうか?」

「お前はどうだった?

 夏土(なづち)」


 首を傾げる見た目幼女に問い掛ける。


「美味しかったです。

 森で食べていたシヴァルの実と同じくらいです」

「シヴァル?

 そんな果実があるのか…」

「主よ!

 騙されるな!

 シヴァルは燻製作りの時に燃やして使う駆虫用の木の実だ。

 あんな劇物食うのはコイツだけだ!」

「全くよ!

 我が娘ながら何でこうも鈍いのかしら」


 慌てて否定したのは武人のような佇まいの守頭(もりがしら)とその妻の秋夜。

 前衛2人の血を継いだサラブレッドだからだろと言う突っ込みはやめておいたが、


「秋夜が言うことではなかろう。

 何故儂と冬華(とうか)の娘のお主が秋を名乗っているのか…」


 賢寿がしっかり突っ込んでいた。

 確かに後衛系の賢寿と生産系の冬華の子供が前衛系の秋夜だからそちらの方が違和感がある。

 …いや、ウチのメイドは双子で前衛後衛に別れていたな。

 そこから前衛の女は秋、後衛の女は春を付けることにしたのだが。

 中には特殊なスキル持ちがいた。

 夏土もその1人で『頑丈』に『鈍感』と言う2つ。

 前者は体力を上げて物理ダメージを軽減、後者は志力を上げて魔術ダメージを軽減すると言うタンクになるために生まれてきたような娘。

 彼女以外にも戦闘系の特殊なスキル持ちは夏を冠した名を付け、逆に生産系のスキルを持つ女は冬を冠している。

 …男は役職や序列からフィーリングで。

 男女差別? どちらかと言えば区別だな。

 外敵に襲われた時などに身籠る可能性のない男から先に死んでいく。

 だから、責任ある立場は男が担うのだ。

 だから分かりやすく役職や序列で名付けている。

 例えば、目の前の守頭。

 彼は集落を守るグループのリーダー格、真っ先に死にに行く立場だった。

 現在は集落の全個体の能力が向上して外敵に脅かされることがなくなって手が空いたのだが…。


「まあ良い。早めにギルドに向かうぞ?

 冬華も待っているのだろう?」

「…どうでしょうか?

 春音と秋音に薬草採取を仕込むと言っておりましたので今日は帰ってこんかもしれませんぞ?」

「…元気だな。

 着いたな」


 話ながら歩いている内に目的地に着いた。


「…のようですな」

「よし、さっさと『フォックステイル』を登録しよう」

「はい!」

「腕がなりますな!」


 ドタドタ!


「ええ、人族の国で私達がどこまで通用するのか…」

「戦闘力だけならこの街一番の冒険者パーティ『ディープライトニング』以上だぞ?

 前衛3人に後衛2人とバランスも良い」


 ドタドタドタ!


 そんな話をしながらドアを開け、冒険者ギルドとは違う綺麗なフロアを進む。


 ドタタタ!


「…腕っ節は関係ないかも知れないけどな!」

「いえいえ、近くの街や村を回って荷物を買い付ければ、山賊に遭遇するやもしれません。

 腕がなりますぞ!」


 肩を回す筋肉隆々の狐獣人。

 コレは誰も襲わんだろうなと思いながらカウンターへ向かう。


 ドタドタッタ!


「すまないが商業用の店舗を売ってくれ…」


 受付嬢に声を掛けようとしたら、上からドタドタと駆け降りてきた男が行く手を遮った。


「おお!

 マウントホーク様! 商業にも手を出されるのですか?!

 良いですとも一等地の大棚を用意いたしますぞ!」

「ええっと…」

「商人ギルド長のマジメーノですぞ!

 ささ! こちらへ!」


 前回ツリーベル邸を購入した時はふんぞり返って胡散臭そうにしていたおっさんが、超低姿勢で奥の個室へ誘おうとする。

 今回の交渉は前より楽そうだと笑いながら付いていくことにした。




 ユーリス達が帰っていった後。

 マジメーノは上機嫌で書類を確認していた。

 あまりの上機嫌ぶりに気味悪いと思った周囲は、一番年下の会計に圧力を掛け質問させる。


「ギルド長、ずいぶんご機嫌ですね?」

「分かるか?

 今日はあのマウントホークの若造を手玉に取ったのだ。

 アイツ何処かの貴族の4男坊らしいが実家の力で冒険者として成功したのを自分の実力と勘違いしているらしい!」

「ああ、ギルド長の1番嫌いなタイプですね」

「しかも手助けしてくれている実家を煙たがってこの国へ来て、実家を見返すために商人となり、豪商となって貴族に叙させるって夢を見ているらしい」

「我が儘な…」

「だろう。

 だから大通りに面した一等地にある不良物件を売り付けてやった!」

「あれですか?」

「おうよ!

 しかも1割引の金貨3600枚でだ!」

「それは失敗してもギルドのせいには出来ませんね!

 賃貸で月金貨15枚の説明は?」

「言ってやったが、所詮元貴族のボンボンだ。

 一括で買ってったぞ!」


 それは商人ギルド内で有名な物件だった。

 とある貴族が数件の店を潰して大きな商会を開いた。

 潰れる前の数件の店は大いに流行っていたし、冒険者ギルドにも工房街にも近い立地で誰もが成功を疑わなかったが、その店は半年後に潰れ次から入る店も1年と持たずに潰れる状況から、その一角は、『貴族に潰された店主の怨念が宿っている』とか、『事業の失敗で降爵した貴族の怨み』だとか言われている。


「最初は賃貸で軌道に乗ったら買えば良いのに…」

「商人の才能はないのさ。

 挙げ句に店を観てから商売を決めるだとよ!

 売りに来たら徹底的に買い叩いてやれよ!」


 この日1日、貴族嫌いのギルド長の笑い声が商人ギルド内で響き渡ったのだった。

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