第79話 ミネット姫 2
マウントホーク一家が帰った後の屋敷の1室で姉と弟は家令を交えて歓談を始めた。
「…とにかく無事で良かったわ」
「ありがとうございます」
「大変だったでしょ?」
「はい。
ユーリスさん達と合流してからはそうでもなかったのですが、それまでは森で兵士に見付からないように気を付けながら逃亡しましたので…。
生き残れたのは大量の食料や予備の武具を保持していたお陰です。
…これもユーリスさんの指示ですが」
申し訳なさそうに話すレンターは実の姉に誘導されているとは気付かない。
ミネットから見てもこの一行の主導権を握っていたのは彼だ。
旅の話題を振れば彼に対する話題を誘導するのは簡単。
「そう。
例えば私が彼に嫁ぐと言ったらどうする?」
「もちろん祝福しますけど…」
「けど?」
「問題が山積みではないですか?
まずユーリスさんは貴族じゃなくて平民ですよ?
王族が嫁ぐと言うのは…」
「あら?
この内紛が終われば貴族に叙勲するんでしょ?」
「そこが難しいんです。
マウントホーク家は貴族として私達を助けてくれるわけでしょ?
だから私を送り届ける功績をユーリスさんが受け取れば私達が嘘を付いていたと周囲は受け取ります」
「あなたは何を言ってるの?」
「え?」
「彼は花を取るから実は私達にくれると言ったじゃない」
「最後の…、あれはどういう意味なんですか?」
「殿下、ユーリス様は殿下達に雇われた冒険者として行動すると明言されたのでございます」
「え? けど資金も護衛も全てユーリスさんが出すじゃないか」
「それが実利、実なのですよ。
代わりに殿下を無事に送り届けたと言う名誉、花をもらうと言う話です」
「…」
「分かったかしら。
これほどの功績で彼が子爵くらいになるとして文句を言える貴族は?」
「…いないかと思います」
「後は内紛で1つ2つ街の解放でもすれば、十分でしょ!」
「……独立部隊としてですね?」
「ええ、マウントホーク子爵軍と言ったところかしら?」
「伯爵くらいにはなれますし、元平民の成り上がりを貴族社会が迎え入れるのに高貴な女性が嫁ぐのは当たり前のことですね…。
しかしそうなると姉上が正妻となり、その子に爵位をって話になるかもしれませんよ?」
「騒ぐ貴族はいるでしょうね。
けれど張本人たる私が側室で良いと言い、ユーリカさんを引き立てたら?」
「さすがに姉上の意向を無視できる貴族はいませんね。
しかも姉上は周囲の貴族からの壁となり、ユーリカさんやマナ嬢に恩を売ると?」
「そうね。
私の子供にはどこかの街の代官をさせれば良いわ」
ミネットの視線に本気の色を見たレンターは背中に寒気を感じた。
この謀略家の姉が高い戦闘力を持ちながらどちらかと言うと暗躍を好むユーリスと夫婦になる。
貴族達にとっては冬の時代の到来だろうと思うが…。
「しかし、姉上はチッサの王太子と婚約がありますよね?
そちらを白紙にして伯爵家の側室と言うのは…」
「それは問題ないわ。ゴンザレス」
「はい。こちらをご覧ください」
レンターの疑問を受けたミネットが指示をだし、ゴンザレスがチッサ王国の紋章が入った封筒を差し出す。
「……。
正気でしょうか?」
内容を確認したレンターの目は据わって異様な雰囲気を醸し出す。
普段怒らない子ほど怒ると怖いのだ。
「ウツワーの直筆だし間違いないでしょ」
「おそらく殿下の消息不明を聞いての独断でしょう」
「しかし、普通ファーラシアの王女である姉上に婚約を破棄しないでやるから、正妃の地位をブナンナ王国王女エリンに譲れなどと!」
チッサもブナンナも小国連合に属する弱小国家だ。
その勢力はファーラシアの伯爵家程度。
この手紙は伯爵家の女性に正妃の座を譲れと言う戯れ言に等しい。
「愚兄が王位を継いだら、私を欲しがる相手なんて何処にもいないし、嫁ぎ先もなく修道院に入るのが嫌なら従えって言う脅迫ね」
「ブナンナとチッサは古くから親交があり、ウツワー王子とエリン王女も気心の知れた仲だそうで…」
「愚かでしょ?
どうせ大国の姫君を負かして、真実の愛を勝ち取った夫婦って夢でも見てるのよ。
先ほど婚約破棄の使者を送ったわ」
「……姉上、もう夕方ですよ」
この手の契約破棄を昼以降に通達するのは礼儀に反する。
「それで十分な程度の家じゃない!」
「…その上、破棄した姉上が新興の伯爵家の側室に入る。
向こうにしたら踏んだり蹴ったりですね」
姉の怒りを察したレンターは話題を逸らして、飛び火を防いだ。
「元々小国群で治安の良い国と言う理由で陛下が打診された婚約でございますが、あちらは思った以上に増長しており、陛下も破棄するかどうか悩んでおられました。
予定が早まっただけにございますよ」
「ゴンザレスは良いのかい?
姉上はお前にとってずっと面倒を見てきたお嬢様だろう?」
「もちろんでございます。
私共の願いは姫様の幸せ。
かの御仁はそれを叶える器でしょう」
長年王家に支えてきた老獪な家令の確かな目に叶うだけの力を持っていた。
…まあ、ダンジョン突破できる実力者だし。
レンターは自分が幸運の中にいる事実に改めて感謝した。
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