第74話 その頃ラーセンでは…

「これはどう言うことだ!」


 ファーラシア王国の王城で今月の税収報告を受けていたソコソーコ宰相補佐が絶叫を上げていた。

 ソコソーコ伯爵はロッド侯爵が宰相を引退したために、急遽宰相補佐と言う立場に就いて、朝廷の混乱に当たっている中立派の貴族。

 温厚で知られる彼が絶叫したのもわけないだろう。

 先月から税収が3割以上も低下しているのだ。

 先月の税収が例年に比べ高かったことを加味しても異常な減収である。


「監査を行え!」

「既に。

 問題はないとの結果を受けております。

 詳細はこちらに……」


 秘書官の言葉に監査書をじっくりと読み出したソコソーコの額には次第に脂汗が浮かぶ。

 折角ロッド侯爵が引退に追い込まれ、しゃしゃり出てくる第1王子派閥の貴族を抑えて手に入れた地位がかなりのスピードで失われようとしているので彼も必死だ。


「……急激に買い控えが進んでいる?」

「はい。娯楽、嗜好品が軒並み落ち込んでおります。

 また、必需品の値段も下がりつつあり……

「どうなっている?!」


 頭を抱える彼は純粋にユーリス達の被害者だった。

 侯爵家で保護されて、そのまま冒険者として大金を稼ぎだしたユーリス一家は市場の適正価格も気にせず、湯水のように金を使い貨幣の流動性を高めた。

 流動性が上がって、多くの人の手に貨幣が行き渡りやすくなったことで景気が良くなってきたのだ。

 このまま彼らが王都で生活していれば、空前の好景気に沸いただろう。

 しかし、彼ら一家が王都を離れる際に大金をマジックバックに入れて持っていってしまった。

 結果、流動性が加速している状態で貨幣の量が足らなくなり、多くの商人が貨幣を急速に蓄えだした。

 それにより、更に貨幣の価値が跳ね上がり物価が下がる。

 物価が下がると労働価も下がって、賃金が下がった労働者達も買い控えを行い、得たお金を貯蓄に回す。

 市場に回る少ない貨幣をより集めようと商人が安売りに動いて更に物価が下がる。

 いわゆるデフレスパイラルが起こっていたのだ。

 普段の経済活動でならこれほどの影響はないが、一度に持ち出した金貨が大身の領地貴族の税収数年分では日常的な調整では持ちこたえられなかったのだが、そんなおりに宰相がいなくなって、国政も滞ったのだ。

 ファーラシア王国の財政はかなりヤバイ状況に追い込まれた。

 ここに経済学者が居て、貨幣を増産するように指示をすればあるいは持ちこたえたかもしれないが、


「ロランド様に報告する」

「よろしいので?」

「このまま放置すれば私の失態ではないか?!

 殿下に相談してその指示に従ったのなら、次期宰相は無理でも降格処分は免れる!」

「なるほど、さすがです!」

「行くぞ!」


 一番相談しては、駄目な相手へ報告を持ち掛けた。





「貨幣を増産してばら蒔けば良いだろう?」


 ロランドは、ソコソーコの報告に特に何も考えず安直に大正解の発言をした。

 時々、こう言うことは起こる。おバカな奴の安直な発想が大正解となるパターン。

 けれどそれは全力で否定されて表に出ないことが多いのも事実。

 信用のない奴の意見は最適解であっても否定されるのが常だった。

 安易なばら蒔きは批判の対象になりやすいが適正な額とタイミングであれば効果的な景気浮遊策となる。

 …日本でも行われたことがあるが意味がなかった?

 あれは政府が無能だった。桁が1つ違っていれば既に不況を抜けていたことだろう。


「いえ、貨幣の鋳造は年に決まった枚数があり、臨時で増産する場合は6人以上の侯爵から承認を得る必要があると王国法に決められております」


 今回の場合はそもそも国法で封じられていた。

 これは王家が暴走して不当に貨幣価値を下げないための処置だった。

 インフレに対する対策は古来から進んでいるのが人の世の常。

 その結果だった。


「では許可をもらってこれば良いだろう」

「難しいです。

 ボーク侯爵家とベイス侯爵家は当主死亡によりゴタゴタしておりますので…」


 ソコソーコが方便を持ち出してロランドの動きを掣肘する。


「そうですな。

 レッドサンド王国の関税が高いとかねてより思っておりますなあ」


 脇に控えていたコッスイ伯爵がそれとなく問題を定義し、ソコソーコはそれに飛び付いた。


「そうですね。

 レッドサンドとの間に諍いがあれば、戦争機運で物価が上がります!

 そうなれば貨幣との釣り合いが取れるやも知れません!」


 ソコソーコは不況を未然に防いだ名宰相と言う妄想に取り憑かれつつあった。


「レッドサンドと諍いか?

 父上が不調の今やるべきか?」


 対してロランドが難色を示す。

 この王子、考えが足らないだけで自頭は良いのだ。


「今だからこそです。

 戦争になっても陛下が亡くなれば、喪に服すとして終戦に持っていけます!」

「ドワーフがそれを認めるか?」

「連中は義理堅いのでそう言われれば止まるでしょう。

 後は少し色を付けた賠償で終わりに…」

「なるほど!

 よしそれを採用しよう!」


 内憂を排除するために外夷を利用する。

 古今東西行われていた政策だが、この政策の実施とレンター王子生存の噂が同時期に重なり、事態は動乱へと傾く。

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