第75話 ミネット姫 1
マナの入学が決まった日。
体調を崩して引き篭っているミネット王女の住むファーラシア王家の別邸に1人の女子生徒が帰還した。
その女性ゲーテは出迎えた家令を伴って、ミネット王女の元へ参じる。
「姫様。
ただいま帰還しました」
「ご苦労様。
学園の様子は?」
「幾つか気になる情報がございます」
屋敷の主から労いを受けた女生徒は片膝立ちで顔を向ける。
その眼を見たミネットはアイコンタクトで家令にお茶の準備をさせる。
「聞きましょう。
お座りなさい」
「失礼します。
まず1つは仮想敵国たるアガーム王国の公子が姫様への対話を求めて接触してきました」
「穏やかではありませんね。
私の弟を討ったかもしれない国の者が何用かしら?」
「私見ですが、相手はクチダーケ公子ですので自分の立場を考えて、形ばかりでも弔言の謝罪では?」
「そうかしら?
そんなことをすればアガーム王国が我が国の王子を謀殺したと周囲が認識するでしょうに…」
この国には各国の貴族の子女が集まる。
そんなことになれば各国から不信感を持たれること受け合いだ。
「…弟は生きているのかもしれないわね」
「レンター様がでございますか?」
「そうよ。
生きているけど彼らも消息を見失ったのじゃないかしら。
彼らにとって最も都合が悪いのは『本物』のレンターに暗殺未遂を糾弾されることよ。
だから私の元へ辿り着く前に殺したい。
…私への接触はレンターが私の元へ辿り着いていないことの確認ね」
ユーリスが聞けば、クチダーケを殴り飛ばしたかもしれない。
何、派手に動いて接触対象に警戒されてるんだ! っと。
「殿下は何故弟君が向かってくると?
直接王都に向かった方が安全なのでは?」
「王都への道は愚兄の味方貴族が塞いでいるかもしれないし、警備隊にしろ騎士団にしろ、ロランドの手下が紛れていない保証はないわ。
その点、学園生の私なら直接接触できれば安心でしょ?
それなりに目端の利く配下がいればここを目指すわ」
「なるほど!」
ユーリスの考えをほぼトレースする優秀な王女だった。
彼が会えばこの娘を女王にした方が良いんじゃないかと考えそうで怖い。
「…学園への編入って形で接触してくるはず。
編入してくる子がいたら報告しなさい。
あの子が姿を偽ってやって来るかもしれないわ」
ユーリスが聞けばクチダーケを誉めたかもしれない。
怪我の功名だがよくやった。と、
「了解しました。
今回は違うかと思いますがそれに関して気になる情報もお耳に入れたく」
「何?」
「昨日編入試験を受けた少女がいます」
「ふーん。
まず関係ないわね。
いくらあの子が中性よりの華奢な見た目でも女の子に化けて編入試験は無理でしょ?
編入試験は入学試験に比べ、難易度が冗談みたいに高いからこの街の少女に協力を仰いだって訳でもないでしょうし…」
「はい。その少女はマナ・マウントホークと言う名を名乗り、両親や護衛とこの街へやって来た遠い国の大貴族と言う話です」
「嘘ね」
「はあ…」
ミネットの即答に首を傾げるゲーテは長年の親友でもある主君の聡明さを弁えているので否定せずに傾聴する。
「まず、そんな聞いたこともない遠い国から娘の留学のために両親揃って来るかしら?
貴族としての職務があるでしょ?
役職もないような名前だけの貴族が学費を賄えるかも怪しいしね」
「…そうですね。
兄弟や使用人を伴って来ることはあっても両親と共に来ると言う話は聞きません」
「じゃあどういう子か。
例えば貴族と愛人の子かしら?
…違うわね。
王国直轄地の片隅で援助しながら生活させた方が露呈もしないでしょうし安全だわ。
学園を探りに来たどこかの国の工作員?」
「どうでしょうか?
それなら目立つ編入と言う形を取りますか?」
「そうね。
護衛の一部を親と偽って?
……ないわね。
やる意味が分からない」
「失礼、ゲーテ様。
何故その者達を大貴族と思われたので?
商人が販路の拡大とコネ作りのために行動している可能性はございませんか?」
お茶を用意してからじっと待機していた家令の男が問い掛ける。
「確かに商人なら可能性もあるわね」
「街の噂です。
何でも街外れのツリーベル男爵邸を即金で気前よく購入し、その屋敷を改修して住む費用も同時に出したとか。
加えてご息女は学園に特待生での編入を認められたにも関わらず、学費は納めると申し出たとか…」
「…どんな金持ちよ。
ツリーベル邸って、ウチが買おうとしたけど予算が合わなかったアレよね?」
「そうでございますな。
正確には姫様が10年学園で過ごされるために組まれた予算では足が出る物件でした。
当時の価格で確か金貨4万枚。改修に金貨2万枚程度と言う見積もりでしたか…。
学費も合わせますと年間1万枚ほどが必要でして、ファーラシア王国の提示した予算年間7千枚を完全にオーバーしていたと記憶しております」
「それを即金?!
どんな金持ちよ!」
「どこかの大貴族と言う噂も頷けるものですな」
「王家で捻出出来ない金額ですし、凄まじい権勢を誇る貴族なのでしょうか?」
「ウチの王家だってそのくらいのお金は出そうと思えば出せるわよ。
ただ世継ぎでもない娘に出せる予算が足らなかっただけ」
「姫様、あちらのお嬢様も同じ条件でございますよ?」
「ウグゥ!
まあいいわ!
その貴族にお茶会の招待状を出しなさい」
家令の指摘に呻き声を上げたものの即座に切り替えの出来る聡明な王女は頭の中で算盤を弾く。
「あちらの子女と誼を結ばれるのですね?」
「いいえ! 両親も絶対に招きなさい!」
「…ご両親もですか?」
「そうよ。あの愚兄が勝っても弟が勝っても私の居場所はないの!
なら、そんな裕福な貴族とは縁を結んでおくべきでしょ?」
「…なるほど! 賜りました」
ミネット王女はロランドより血筋が良く、レンターよりも歳上である。
彼女に男の子が生まれれば、その子こそ次代を担うに相応しいと考える輩が出るかもしれない。
そうならないように何らかの手段が取られるだろう。
最悪は病死に見せ掛けた暗殺。良くても修道院への出家くらい。
これが他国の側室になり、縁も所縁もない地へ赴くなら誰も態々手を汚そうとしない。
これは彼女にとってもチャンスだった。
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