第65話 山賊狩り

 合流から2日。

 国境の街ルネイの1つ手前バーニッヒ近郊にいた。

 最近バーニッヒに通じる道に山賊が出るらしく、冒険者ギルドに討伐依頼が出ていたのだ。

 俺は渡りに船とばかりに嫌がる勇者を無理矢理引っ張って受けた。

 若返った俺も含め、子供の集まりだ良い餌に見えるだろう。


「それにしたって何で俺らも連れていくんだよ!

 戦争についていくかも決めてないんだぞ!」

「馬鹿者。

 野に下ったって人を殺す覚悟は必要だ。

 何で俺がこんな安い依頼料の仕事を受けたと思う」

「「「「え?」」」」

「この依頼は山賊の首1つに銀貨10枚。

 アジトの発見で金貨5枚の安い依頼だ。

 それを受けたのはお前らのためだぞ?」

「俺達に人殺しをさせようってのか!」

「安心しろ。

 この時期の山賊は専業の連中だ。

 殺しても良心が痛まないだろう?」

「はあ?!

 人を殺すのに良心もなにも!」

「良いから聞け!

 これが冬から春に掛けての山賊なら食い詰め者の農民の可能性があるが、今みたいに山に分け入れば食材に困らん時期に山賊をしているんだ。

 それを専門としている連中の可能性が高い。

 そう言う連中を見逃せば罪のない者が殺されるのだ。

 …それを考えろ」

「ちょっと待って!

 その言い方だと冬に出る山賊は…」

「ちょっと難易度が高いだろう?

 この時期に慣れておくべきだ」

「そんな…」


 青い顔をしているが何を考え込んでいるんだ。


「食い物がなくても盗めば泥棒だ。

 その時、人を傷付ければ強盗になる。

 日本みたいに情状酌量なんてふざけた制度はないからな?

 子供だって容赦なく殺されるものだ。

 ちなみに言っておくが、お前達もあちらに行く可能性はあるからな?

 農民になったって不作で村が飢餓となれば近隣の村に略奪に出る可能性もある。

 隣近所がそれに加担するのに協力せずに済ませられると思うな!」


 何度も言うがこの異世界では命が軽いんだ。

 家族や知り合いのために他人を殺すのなんて誰も躊躇しない。

 特に田舎では。


「農民になったら俺達が山賊になるかもしれない……」

「冒険者だって同じだ。

 状況によってはダンジョン内で襲われるかもしれない。

 逆に水や食糧を得るために他人を襲う側に回る可能性もあるな」

「な、何だよそれ!」

「異世界に夢を見過ぎなんだ。

 剣と魔法の世界?

 そんなの野蛮な中世とさして変わらない。

 断言してやろう。

 この世界で最も人を殺しているのは魔獣でも猛獣でもなく同じ人間だ」

「貴族にならないなら人殺しなんてしなくて良いんじゃないの……」

「逆だ。

 高位の貴族になれば人を殺す必要がなくなるんだ。

 配下にやらせれば良いからな!」


 間接的には人を殺しているのに代わりないが、幾らか自己弁護出来るだけ気は楽だろう。


「じゃあどうすれば良いんだよ?!

 漫画でもゲームでもむやみな人殺しなんてしてなかった!」

「異世界に夢や理想を求める作者達がそんな生々しい現実なんて書かないだろうし、誰もみたがらないだろう?。

 農民やってて運悪く収穫量が悪かったから略奪にでなきゃならない。

 村の中でハブられたくないからそれに付いていく。

 罪のない人を自分の都合で殺してそれが称賛される。

 ……地獄だよな」

「いや! ここは剣と魔法の世界だって言ったのは師匠じゃん!

 魔獣や獣を狩って食糧に!」

「そうだな。ここは剣と魔法の世界だから自分達より弱い獲物を狩って日々の糧にすれば良い。

 その中で断トツに弱くて安全に仕留められる獲物が人間なのは言うまでない」

「何だよそれ?!」


 絶叫したのは最近ずっと大人しかった杉田。

 躁鬱状態が激しいし、これは放っておくとストレスで壊れそうな気がするな。

 生きるために何かを殺すのは生き物の摂理だ。

 それの加減を調整するためにあるのがルール。

 それは倫理だったり、社会の良識だったりするがそれを逸脱すれば待ってるのは底無し沼。

 覚悟のない人間が人を殺せばこう言う所に堕ちやすいのは当たり前。

 人殺しのストレスでアドレナリンハイになれば快楽殺人者だし、宗教的に洗脳すれば視野の狭い盲信的殺人鬼になる。

 ここまでのレベルに到達した者がそうなれば災害だし、レベリングした者の責任として対処も必要になるかもしれない。

 ゴブリンを殺せていたからよっぽど大丈夫だと思ったんだがな。

 …人間は人形の物を攻撃するのに心理的なブレーキがかかる生き物だ、何て言ってもゲームで人形の魔物を攻撃し慣れていれば、上手く作動しなくなるか。

 挙げ句にヒトガタではなくヒトを攻撃したと認識した所でブレーキがかかる。

 色々とダメな話だ。


「剣道三倍段って知ってるか?

 剣を持つ相手に素手の人間が勝とうとすれば3倍の実力がいるって意味だが?」

「漫画か何かで出てきた気もするけど…」

「逆に言えばこちらが武器を持った状態で相手を無手にして戦えればよほどの実力差がなければ勝てるってことだ。

 対して野生の獣や魔獣相手ではこうも行かん。

 だから専業的にそれらを相手にしていない人間は必然的に人間を相手にしようとする」

「……」

「これをルールとして行っている間はまだ秩序のある集団だが、真面目に働くよりも楽に儲かると考え始めると専業の山賊になる。

 連中は大抵そう言う発生手順を踏むからな。

 山々に潜んでいても獣を狩ることはない。百害あって一利なしとはよく言ったものだ」

「だから殺せってのか!

 連中にだって家族があるだろうに!」

「そうだな。

 アジトを見つけて貰える金貨5枚の出所はその家族を犯罪奴隷として売った金かもな」

「「「「そんな!」」」」

「残酷に聞こえるなら、それは表面的なものしか見てない証拠だ。

 犯罪は真面目に働くより割に合わない。そう思わせることが最大の抑止に繋がる。

 いじめがなくならないのと一緒だ。

 誰かを虐げて利益を得られるなら人はそれをやめない。

 いじめは発覚した時点で加害者を世間に公表し、強制的に転校させるという制度になればすぐに激減するぞ?」

「加害者にも人権があるって言うじゃん!」

「被害者の人権を踏みにじっておいてクズだよな。

 まあこの世界じゃその人権すらもないだろうな。

 納税してその見返りに庇護を受けるんだぞ?

 じゃあその枠から外れた人間はどうなるか。

 答えは害獣として駆除されるだ」


 まあその駆除をこうして行っているわけだが。

 ……にしても出てこないな。

 旨そうに見える餌を用意したのに。

 これは野宿する羽目になるな。何で街のそばで野宿しなければいけないのだ。

 山賊め!

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