第64話 合流

 ドカバキとひどい音をたてながら森の中、勇者達より奥に降り立つ。


「死んだ! マジで死んだ。これ!」

「嘆いてばかりいないで逃げましょう!」

「どこにだよ!

 森の中なら多少はマシかもしれないけど!」

「そっち側が塞がれてるからね…」


 懸命に逃亡を呼び掛けるレンターの声は勇者達に響かない。

 この逃亡劇といい、現状の諦め具合といい。

 俺の言ったことを全然理解していないようだ。少しばかり説教する必要があるな!


「ガァァ!!」


 空に向かって雄叫びを上げる。

 もちろんハウリング効果を乗せた竜魔法だ。


「ひ!」

「ファイヤーボール!」

「ヘビーエア!」

「プロテクション!

 レンター! 俺の後ろに!」


 攻撃されて腹を決めたか。これならまあ説教の内容を物理から言語に変えてやっても良いか…。

 うん?

 中野は? 一人逃げたわけでもなかろうに…。


「これでも食らえ! 疾風突き!

 って嘘だろ!」


 いつの間にか側面に回り込んで槍で突きを放ってきていた。

 コイツは勇気と無謀の違いも分からんのか?

 俺の鱗で槍が折れて呆然とした所に尻尾で軽く払い除けてやる。

 腐竜相手に磨いた華麗な尻尾捌きは見事に中野を掬い上げ、軽く木にぶつける。……フッと自画自賛したくなる素晴らしさだ。


「シンジ!

 このやろう!」

「駄目だよ!

 魔術で牽制して逃げないと!」


 剣で向かってくる杉田を止めようとする大池。

 両方とも不合格だ!

 ムシケラに過ぎん人の分際で、我が前に立ってなお逃げきれるなどと言う妄想をもつ。…不遜ぞ!

 我が前に立つ者はすべからく頭を垂れて命を乞え!


「ガァラァァ!!」


 大きく叫びを上げて向かってくる人の子供を吹き飛ばす。

 ドミネイトハウリング!

 地を支配する絶対覇王の咆哮に下等生物が勝てると思うな!

 ……生命力を消費し過ぎたか。

 屈辱的だが人化するしかあるまい。

 我を下等な生物に貶める忌々しい呪法ぞ!


「何だ。…これ」


 明らかにおかしくなっていた。

 徐々に傲慢なドラゴンそのものになっていく感じ。

 この能力は危なすぎて使えない。…当面はそれで良い。

 だが、いつかは竜になるときが来る。

 それまでにあの性格を矯正しないと最強最悪の化け物の降臨だぞ?

 最初は勇者組に軽く危機感を与えるつもりだったのに、最後の方は戯れで人を殺す魔竜になっていた。

 何処かでスイッチが変わったならマシだし。


「最悪、二重人格でも良かったんだがな…」


 間違いなくアレも俺だ。

 俺自身があの状態に違和感を感じていない。


「コイツ、人に化けやがった!」

「マジか!

 って剣!」

「師匠…」

「げ! マジかよ!」


 ん?

 妙な反応だが?


「やべーぞ!

 師匠が勝てないほどの化け物なんて!」


 …ああ。

 見たことない男が俺の剣を持ってるから俺が殺されて剣を奪われたと思ったのか。

 そう言えば俺がこうなったのって、コイツらが王都を出た後だったな。

 …家族曰く面影はあるとのことだし、コイツらの名前を言えば分かるだろう。


「中野に御影か。

 杉田と大池も五体満足で生きているし、レンター王子も無事。

 結果オーライだがよくやった。

 ……何だ?」

「何で俺らの名前を!」

「待って!

 …もしかして師匠ですか?」

「類推出来るだろうが?」


 警戒心を強めた御影を止めた大池の質問に当たり前だと言う風に返す。

 途端にへたり込む勇者達。


「マジかよ……」

「大体、無事じゃねえ。

 最後の最後で吹っ飛ばされて怪我したじゃんかよ!

 しかもそれをやった師匠が褒めてくる…。

 ダメ出しされた気しかしないぞ!」


 チッ。

 勘の良い奴らめ。


「舌打ち?!

 兵士に襲われて逃げてきた挙げ句、味方のはずの師匠に攻撃された俺達に!」

「まあ良い。

 無駄な逃避行をしてきた気分はどうだった?」

「何が無駄だ!」

「命掛けだったんだぞ!」

「今のは許せませんよ!」


 俺の嫌味に腹を立てる御影、中野に大池。

 一番最初に突っ掛かって来そうな杉田が来ないな?

 何かあったか? …まあ良い。

 それより気になる発言があったのでそちらの指摘をした方が良い。


「中野。今お前は命掛けだったと言ったな?」

「な、何だよ!

 殺されそうな中を逃げてきたんだぞ!」

「相手を殺そうともしないで?」

「ウグッ!

 殺ろうとしたさ!

 けど出来なかったんだ!」


 物語の主人公のように地面に両手を付いて泣きながら吠える中野。


「自分達より圧倒的な格下に囲まれただけだし、本当に殺さないと駄目な事態ではなかったんだから、それも当然だよな?」

「何を!」


 声を荒げて突っ掛かろうとする。

 その態度が既に内心は事実を理解している証拠だ。

 ここは子供向けアニメの世界じゃない。

 自分勝手な理屈を並べて嘆いてる奴に誰が手を差し伸べるものか!


「命を掛けるなら、相手を殺す覚悟があるのも当然だろうが!

 お前らは自前の高いステータスをかざして弱い者いじめをしてきただけのガキだ!」

「そんなこと!

 ない、と思う……」


 尻すぼみの反論。

 心の中では認めているな。


「…。

 はあ…。

 今王都は混乱の極みにある。

 既に内乱は避けられんだろう。

 それに乗じてアガーム王国も攻めてくる」

「そんな!」

「レンターには辛い話になるだろうがどうしようもない。

 ロランドが継承権争いに他国を巻き込んだ時点で決まっていた運命だ」

「何で出発する前に言ってくれなかったんだよ!」

「知らなかったからどうしょうもないだろう?

 俺はレンター派遣を提案したのがレンター派閥の貴族と聞いた。

 これがロランド派貴族なら警戒もしたがな!

 何よりロランドにベイス侯爵やアガーム王国と伝手があるなんて知らないからな」

「……ベイス侯爵は兄の祖父に当たります」

「なるほど。

 それはレンター派閥の貴族にはさぞ美味しい獲物に見えただろうな。

 アガーム王国は?」

「…私達の曾祖父にはアガーム王国の王女が嫁いで来ていますが?

 直接の血の繋がりはないと思います…」

「うむ。

 本当に血の繋がりがあるかどうかはどうでも良いのだろうな。

 連中がほしいのは介入するための大義名分にすぎん。

 俺にその辺の情報があればロランドかその代理を派遣する。

 所詮は小規模な小競り合いだ。名代を立てればさほど失礼でもない」

「……」


 沈黙するレンター。

 派閥の貴族を抑えられず、挙げ句に自分の身を危険に晒したんだ。

 悔しさで反論する気にもなれないかもな。


「さて話を戻すぞ?

 俺は他の国を巻き込んでアガーム王国に対抗しようと思っている。

 レンターを旗頭にした軍隊を組織してな!

 その国までは一緒に連れていってやる。

 この異世界で生きる運命に命を賭けれないと言うなら、そこでそれなりの暮らしを手に入れて慎ましく生きていけ。

 お前らのステータスなら平均以上の冒険者にもなれるし、アイテムボックスを活用すれば一廉の商人も不可能ではなかろう」


 生半端な覚悟の子供など邪魔だと言外に伝える。


「何だよ…」

「ん?」

「何だよそれ!

 さんざん巻き込んでおいて邪魔だって言うのか!

 おっちゃんは勝手すぎるぞ!」

「はあ…」


 後ろにいた杉田が切羽詰まった顔で向かってくる。

 俺はそれをため息と共にその首に突き出した剣で止める。


「自分勝手?

 当たり前だろうが!

 俺は自身とその家族の命に責任があるんだ!

 だから刻一刻と変わる状況に足掻く。手段は選ばん犠牲にも拘らん!」

「……。

 何で召喚されたのが俺達みたいなガキなんだよ!

 何も出来ねぇよ!

 人殺しになんかなりたくなかったんだよ!

 当たり前に学校行って! ゲームして! テストだ勉強だって愚痴って!

 早く夏休みにならないかな!

 そんなことしか考えてねえよ!

 帰してくれよ!

 俺達を帰せよ!!

 ゥゥゥ……」


 ついに泣き出したか…。

 そう、コイツらもガキなんだ。

 その上、勝手に召喚されて自分が置かれた状況も分からず、情報もなく勇者に祭り上げられた被害者。

 だが、


「泣いてもどうにもならないぞ?

 お前達はロランドの手を取った時に勇者になる選択をしたのだ。

 騙されてかもしれないし、他の選択肢に気付かなかったかもしれないがな。

 既に一度選択しているのだよ。

 今はその選択から逃げ出せる最初で最後のチャンスだ。他国で1からやり直す代わりに勇者の肩書きも下ろせるだろう。

 逆に俺達と一緒に行動するなら、これから生涯勇者の称号がつきまとう。

 選択しろ!」


 同郷の大人として、コイツら子供にもう一度だけ選択肢を提示してやる。

 これでも覚悟が決められないならそれまでだろう。


「レンター、伝手のある国は?」

「西にあるマーキル王国は母の母国です。

 しかしいきなり訪ねて受け入れられるとは思えません」

「だろうな。

 良くて門前払い。最悪地下牢行きだな」

「はい。

 そこで北の魔術都市ミーティアにいる姉を訪ねようかと…」

「ミーティア…」

「どうしました?」

「気にするな。

 学生になれば接触出来るだろうし、それが正解だな」

「はい」

「ガキども。

 ミーティアに着くまでゆっくり考えろよ?」


 さて森の外で待つ家族達と合流するか。

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