第59話 急襲撃

 王都から南にあるボーク侯爵領。

 その間には大小様々な貴族領があり、それらを縦断するように街道が走る。

 物流の動脈となる街道であり幅の広い道が長く続くそれだが、地理的な事情により幅の狭まった峡谷のような地も幾つか存在する。

 ボーク侯とその一行はそんな物の1つへと通り掛かった。

 そこはある伯爵の領内、治安維持に力を入れる貴族故に山賊の襲撃もないと言う油断があった。

 そんな心の間隙を突かれた。


「ウォォォ!」

「何だ!

 これは!」


 ポールの声は左右から響く馬蹄と荒々しい叫び声に消えそうになりながらも頭目に扮した男の元まで届いた。

 声の大きさは弟に似ていると思いながら、自らも大剣を握って崖を降る。

 後方を塞ぐバイエル伯爵家の軍に父や長兄の首を取られれば、兄がボーク候となる際に影響を受けることになる。


「お前はリックス?

 これはどういうことだ!」

「相変わらず声がでかいな!」

「答えろ!

 ボーク領軍を預かるお前が誰の指示で我らを襲う!」

「俺の指示であり、新領主シモン・ボーク侯爵の指示さ」

「ジャ、ジャック様?」

「久しぶりだな。

 そんで、悪いが死んでくれや!」

「くっ」


 俺の大剣を落馬するように転がり降りて避ける。

 動きが良くなったじゃないか!


「大分レベルを上げたんじゃないか!

 あのヒョロ騎士が俺の大剣を避けるとはな!」

「これでも何度もダンジョンに潜っている!

 昔とは違うんだ!」


 槍を構える様がいつの間にか板に付いてやがる。

 領地にいた時は内勤の駄目騎士だったんだがな!


「何故こんなことを!」

「お互いにそんなことを気にする必要ないだろう」


 再び振り下ろした大剣が槍をへし折るが身を捩ったポールの肩に食い込み止められる。

 動きを止められた!

 …まずい!


「この!」


 ポールが脇に差していた短剣を突き付けられてくるが、


「……全く遊びが過ぎるぞ!」


 リックスのハルバートがポールの顔面を叩き潰した。


「すまない」

「気を付けられよ?

 次の領軍長はあなたですからな」

「ああ」

「では改めて号令を」

「号令?」

「ええ。元同僚との戦いです。

 頭で分かっていても心が付いていっていない。

 ここは改めて命令を下し、士気を上げるのです」

「なるほど。

 全員! ボーク領を乱す不届き者を討ち取れぃぃ!」

「「「おぉぉ!」」」


 俺の言葉に奮起する領軍の者達。

 対して顔色を悪くする父の護衛達。

 まだ勘違いとでも思ったか!


「ジャック!

 貴様は何のつもりだ!」


 馬車を開けて出てきたのは兄のアストルだった。

 馬鹿な奴だ。

 お前が糾弾している間にも騎士達が傷付いているんだ。

 つくづく駄目な兄貴だよな!

 こんなのを嫡子のままにしておく親父もろとも死にさらせ!



 ジャックにとってのことの起こりは父の手紙を受け取った兄からの呼び出しだった。

 領内を襲うオークの群れを討伐して帰ったそのままに面会を求まられて、


「ジャック、来たか」

「おう。どうしたんだ? 兄貴」

「どうやら王都で動乱が始まりそうな気配があるらしい。

 近く父上達も戻るとさ」


 第1王子の勇者召喚に失脚、陛下も病で長くない。

 投げて渡された書状を読む限り、状況次第では王国全土を巻き込むかもしれない内容だった。


「うちの領土も少し防備を固めるべきだな」

「ああ。…お前が状況を分かっていて安心した」

「ふん。隣が最近騒がしいのもこれのせいかが」

「クレブルか?

 兄嫁であると言う立場からこちらが糾弾してもすぐに謝ってきてあやふやにしようとする」

「おう。そのくせ少し経つとすぐにちょっかいを掛けてくる」

「ああ。将来ファイトが継いだ時にはどうなるか…」

「困った話だよな。

 ……将来どうなることやら」

「そうだな。

 汚名を受けても動くべきか」


 それからしばらく兄貴は悩み続けて難しい顔ばかりしていた。




 そんな兄貴がつい先日に命じたのがこの襲撃だった。


「反逆者め! …グフゥ」


 俺の回想はリックスの刃が向かってくる護衛騎士の頭を打った音で打ち切られた。


「リックス」

「ジャック様ボーッとしないでください」

「すまないな。

 さあ、親父の面を拝みに行くぞ!」

「ハッ」


 大剣を構え直して馬車に近付く。

 馬車からは親父も出てくる。

 奴は優れた魔術師だ。…油断出来ない。


「ジャック! この親不孝者め!」

「はん! バカ親父!

 お前らがボンクラだからこうなるんだ!

 そんなだから兄貴が苦悩するんだろうが!」


 叫ぶだけの親父に馬を近付けるが、


「ファイヤーボール!」


 イリスの叫びと共に火の玉が飛んでくる。

 はん! うちの男共よりよっぽど肝が据わってるじゃないか!

 だが、


「舐めんなや!」


 気合いと共に火球を正面突破して、そのまま剣を突き刺す。


「はわぁぁ…」


 その横にいた親父は口を大きく開けて驚いている。

 つくづく駄目な親父だった。

 こんなんでよく宰相を務めたものだ。


「邪魔だ!」


 愛剣からイリスを蹴り放し、親父の肩を斬り付ける。


「ガフッ!」

「リックス!」

「ハッ!」


 親父の叫びを聞きながらリックスに号令を出して、殲滅戦に移行する。


「じゃあな! 親父」

「待て! グフゥ!」

「ジャック様、一辺退いてください。

 こちらは私が受け持ちますので!」

「助かる」


 数名の供回りを連れて峡谷の先に馬を向かわせた。

 込み上げる吐き気を我慢して。

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