第60話 死の騎士

「ジャック様、侯爵様方の馬車の制圧完了しました」

「…そうか、すまないな」

「いえ、心中お察し申し上げます」


 家族を手に掛けて若干調子を崩していた俺をリックスが呼びにきてくれた。


「現状はどうなった?」

「侯爵閣下、アストル卿ならびにイリス夫人の殺害を完了。

 ファイト様とリリーア様は確保いたしました」

「そうか。

 確認しよう」

「それでは、…おい!」


 リックスの指示に領軍の騎士が丁重に包んだ布を持ってきた。

 その包みの中からは、


「親父、兄貴、義姉さん。

 すまないな。

 あんたらじゃ、これからのボーク侯爵領は守れねえ。

 俺を恨んで逝ってくれや」


 恨めしそうな目を向ける身内の首が出てきた。

 血を拭って綺麗にされているのが救いだった。

 そんな俺に声を掛けてくれたのは近くで待機していた騎士。


「ジャック様、ファイト様とリリーア様はいかがいたします」

「生きているのか?」

「ハッ、馬車の奥で震えており、別段の抵抗もなかったため拘束しております」

「そうか。会おう」


 馬車の所で待機させている甥と姪の所へ向かうことにした。

 そこで待っていたのは憔悴した少年少女。


「久しぶりだな」

「叔父上、何故このようなことを!」

「決まっているだろう!

 お前らがあまりにも平和ボケしているからだ。

 宰相の地位を追われた者達が他の貴族の領土を通るのにこれほどの無警戒!

 このような者達が混乱するファーラシア国内で領地を守り通せるか!

 …リリーアは近くの修道院へ。ファイトは連れて帰る」

「ハッ!」

「いやぁ! 放して! 父様! お母様!

 助けて兄様!」


 泣き叫ぶ姪がファイトに手を伸ばし、ファイトも伸ばすがそれが結ばれることはなく、リリーアは騎士が連れていく。


「リリーア!

 叔父上、何故このような!」

「お前らじゃ領地を守れねえからだって言ってるろうが!」


 睨み付けてくるファイトを怒鳴り付ける。

 つい感情的になってしまった。

 合図を送り近くの騎士にファイトを馬の背に括らせる。


「ジャック様。

 閣下の随行者達はいかがいたしますか?」

「今はどうしている?」

「馬車を降ろして1ヶ所に集めております」

「そうか」


 可哀想だが口封じをすべきだろうな。


「何人かは女もおりますので、伯爵家にそのまま譲ってはいかがですか?」

「下手に生かしておくのは…」


 リックスが進言してくれるが、後顧の憂いは断つべきだろう。


「所詮は日陰に追いやられる身の上です。

 誰も彼らの言うことなどまともに聞きはしませんよ。

 それよりは伯爵には後日礼をするにしても、現場の騎士達の褒美を出すには、我々の持ってきた金品では少し足りません」

「まあ慌てて出立したからな」

「それ以上に護衛達が弱すぎたのですよ。

 もう少し騎士にも欠員が出ると思ったんですが…」

「まともに指揮する奴もいなかったしな。

 良いだろう。

 捕虜に関してはバイエル伯爵軍に一任すると伝えよ」


 早速伝令が走り、それを尻目にこちらはボーク侯爵領へ戻る準備を始める。

 まず、イリスの首を手向けにクレブル伯爵家に宣戦布告をして同時に強襲を仕掛ける。

 それによって、侯爵家の力を見せつけて周囲を牽制。

 クレブル伯爵領の取り込みを終えるのは5年は掛かるだろうし、それまで中央が混乱していてくれるとありがたいんだがな。


「グアァァ!」

「助けてくれ!」


 捕虜を囲っていたバイエル伯爵軍の方から叫び声が響く。

 捕虜の男達を殺して、女子供の値踏みでもしているのか。

 胸くそ悪いがこれも戦場の習いだ。

 …時流の読めない自分を恨め。


「ジャック様!

 おかしいですぞ!」

「どうしたのだ?

 リックス?」

「捕虜に成人の男は殆どいませんでした!」

「じゃあ今の悲鳴は…」

「バイエル伯爵軍のものかと…」

「確認に行く。

 全員すぐに出立出来るように準備を進めろ!」


 血の匂いに釣られて厄介な魔物でも現れたのか?

 …いや、大きな獣の影は見えんな。

 捕虜を襲う為に鎧を脱いでいて、コボルトにでも殺られたか?


「ジャック様。お待ちを」

「どうした。リックス」

「嫌な予感がします。

 おい、そこの崖から様子を確認しろ」


 リックスの嫌な予感は当たるからな。

 従騎士の確認を待つか…。

 崖に足を掛けて、数メートル上から覗き込んだそいつは、


「相手は黒い鎧の騎士です!

 そいつが捕虜の前に立ちはだかっています!」

「何処かの家の妨害か?」

「分かりません。

 急に現れたのが不気味です。数は!」

「3!

 …いえ、斬られたはずの騎士が立ち上がると同じような黒い鎧に?」

「!

 降りてこい!

 ジャック様、すぐに退きますよ!」

「どうしたんだ?」

「相手は高位のアンデッドです。

 ここはバイエル伯爵軍を囮に…」

「!

 分かった。

 全員撤退するぞ!」


 大声を上げて、馬の元へ走る。

 昼に出るなど相当強力なアンデッドだ。

 あんな化け物とは戦えない。

 少しでも将兵を連れ帰るのが俺の務め!


「ボーク侯爵軍! 急いで帰還するぞ!」

「ま、待て!

 友軍を見捨てるのか!!」

「所詮は一時戦場を共にしただけだ!

 全軍引くぞ!」


 バイエル家の騎士に呼び掛けられるが、叫び返して撤収準備を進める。

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