第58話 竜狐の森

 諸事情により更に1泊することとなった俺は、魔狐の森から竜狐の森へと改まった地の支配者となった。

 豊姫の一族である53頭の霊狐達を名付けて、その殆どを竜霊狐または狐竜へと昇格させたのだ。

 名付けした側はされた側に対して上位に立つ。

 力を分け与える行為だからだ。

 お陰で53個の名前を考えるのに苦労したが、その苦労を補ってあまりある程の戦力を持つ住民を得た。


「ステータス平均100くらいの精霊獣53頭。

 勇者4人を含む王国軍1000人を相手にしても負けないだろうな…」

「森に誘い込めば桁が2つ上がっても対処可能ですわ」

「十万か。

 実際出来る所が恐ろしい」


 平原での正面衝突なら数の暴力で辛勝ながら人側の勝利となるだろうが、森に誘い込まれてゲリラ戦となれば勝ち目はないだろう。


「しかし主様ならそれ以上の数を相手にも勝利出来るのでは?」

「無理を言うな。

 竜として完全体になれば別だろうが、現状では難しい。

 短期決戦で倒しきれなければ、時間切れになって俺が殺されるだろう」

「そうでしょうか?

 ブレスでダメージを与えては離脱を繰り返せば1ヶ月程度で人族の軍は溶けるのでは?」

「…なるほど」

「準備出来たわよ!」


 豊姫と雑談をしていた理由、優香もといユーリカ・マウントホークの準備が完了したらしい。

 巨大化した黒姫に乗った真奈美ことマナ・マウントホーク。

 名付けが魂に加護を刻む行為であるなら人間にも出来るだろうと試した結果。

 ステータスボードに表示されるそれぞれの名前が変わり、ランクアップは起こらずに新たなユニークスキル『魔竜の加護』が加わった。

 魔竜の加護は全ての能力値20上昇とスキル『魔術の才』の獲得。

 俺に魔術の才能がないのに加護を与えた相手には付くと言う矛盾。

 もちろん俺自身は名付けが出来ず能力上昇は得られない。正直言って羨ましい…。


「マナも準備は出来たか?」

「大丈夫。

 だいぶ遅れているけど間に合うの?」

「元々俺達の目的は紛争調停を終えた連中との合流だ。

 今頃はまだ交渉を始めたばかりの頃合いだろう」

「本当に合流出来るの?」

「ここを越えたら街道沿いに動く。

 それでよっぽど大丈夫だろう」

「そう。

 じゃあそのためにも出来るだけ早くロウンまで行かないとね」

「ああ。出来れば平原の狼も配下に加えたい」

「あなたね…」


 俺の計画を聞いたユーリカが呆れた声をあげるが、日本人として狐と同じくらい狼も好きだ。


「狼と言いますと東の平原の狼王どもですか?

 連中は私達のような人語を介する連中ではありませんし、プライドも極端に高いので竜の風下に立つとは思えませんよ」

「そうなのか…」

「主様には私達が付いてますので」

「そうだな」


 無理なものはしょうがない。

 解放も諦めて先を急ぐか…。


「それではこちらに…」


 豊姫を先頭に俺とユーリカ。

 その後ろにマナが乗った黒姫が続き、両脇を春音と秋音が固める。

 獣度の高いパーティは森をどんどんと進んでいくのだった。



「…まさか狼達まで配下に組み込む気でいたとはな」


 一行が見えなくなった所で豊姫の次に年配の霊狐白寿と若い連中をまとめる霊狐の若頭が会話を始める。


「危うかったですね。

 竜様の僕となり厄介な狼の干渉を避けれるようになろうかと思ったら、その竜様が狼を従えるつもりだったなんて」

「うむ。

 そんなことになれば我らを格下として威張り散らすだろうな」

「序列で生きる種族ですからね。

 そしてそれ故に圧倒的な強者には尻尾を振るでしょう」

「奴らには何度も若いのがやられておる。

 多少痛い目をみてくれると溜飲が下がるんだがな」


 鼻の効く狼は森の幻術を容易く突破し、霊狐達を襲いに来る。

 精霊獣である霊狐は魔狼よりランクの高い魔物だから、食い殺されれば魔狼から大魔狼にランクアップする。

 無論、霊狐が魔狼達を殺して大霊狐になることもあり、平原の狼と森の狐は互いに殺し合う関係にあった。


「それは望みすぎですよ。

 今は我らの方がかなり能力的に上位になります。

 返り討ちに出来るのですからそれを喜びましょう」

「……そうだな」

「それでは私は若い連中に人化を教える仕事がありますので…」

「よろしく頼む。

 獣人のフリをするのに人化は必須となるからな?」

「ええ」


 折角強大な庇護者が現れたのだ。

 豊姫達は彼の竜の元に獣人のフリをして街を築いていく予定で動き出したのだった。


 

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