第56話 魔狐の森 2
先ほどの水場から数時間ほど進んだのだが、魔物は全く出てこない平和な森をハイキングしている。
創作に良くあるような同じ箇所をぐるぐる待っている可能性も考慮したが、黒姫にそれはないと断言された。
曰く、風魔術を使って探査をしながら進んでいるらしい。
それにより物理的な惑わしが効かない以上は、精神系の幻術になるが志力の高い俺を惑わすのは難しい。
「きっと向こうから招いているわ」
「招く?」
「絶対に勝てない魔物が自分の領域に侵入したんだもの。
下手に手を出して怒らせよう何てしないわよ」
「魔物…」
「私じゃないわよ!
そんだけ濃密な竜の気配を漂わせておいて何を自分は人間ですって顔してんの?」
「俺のことかよ!」
ジト目で見たら惚けるなと返された…。
「そんなに魔物っぽいのか?」
「人化した竜にしか見えないわね。
遠くから気配を感じる能力があれば、ドラゴンが気まぐれにやって来たとしか思わないわ」
「……」
「落ち込んでもしょうがないわ。
祐介は竜の心臓を持っているんでしょ?
自ら竜属性の魔力である竜気を発生出来る竜種は全てドラゴンよ?」
「ちょっとまて、その定義だと竜人族もドラゴンになるだろうが!」
「竜人族は竜気なんて出さないわよ?」
「は?
ガンツがそんなようなことを言っていたが?」
その説明を聞いて誤魔化すのに利用出来ると考えたんだから間違いないはず。
「竜様魔力を竜気と言い張る奴に騙されてるパターンじゃないかしら?」
「竜様魔力?」
「ええ、魔力を循環させてその質を竜気に似せていくの。
闘気法の一種よ」
「何でそんな無駄なことを?」
「効率が良いからでしょ?
魔力を10使う身体強化を闘気にしておけば7くらいの消費で済むの。
闘気法だと身体強化にしか利用出来ないけど、竜様魔力なら他の魔術にも使えるわよ?」
…なるほど、竜気ってのは竜の心臓の影響で洗練された魔力な訳だな。
そんで竜牙偃月刀を作った時の俺の魔力は竜様魔力。
あの時は無理やり魔力を流し込んだから、偃月刀の中で竜様魔力に変換されていたのか…。
「俺は竜の心臓がない時も魔術を習得出来なかったが、それも竜様魔力の影響か…」
「それは祐介が不器用なだけでしょ?
竜様魔力は普通の魔力より運用効率が良いのよ?
むしろ習得しやすいはずだけど?」
「……」
「本当に魔術を習得出来なかったの?
呪いレベルで魔術適性が無いのかしら?」
真面目な顔で呟くなよ。
心配になるだろうが、
「竜は魔術が苦手なのかも…」
「ないわよ。
だって今ある魔術って竜賢伯が人間に提供した技術を元にしているのよ?」
「竜賢伯?」
「そう。
竜賢伯のリースリッテ。
10の系統魔術を考案した竜族の大賢者。
彼女が全ての魔術の開祖、だから魔物も魔術を使えるの」
「なんつー愉快犯だ」
魔術をそこらじゅうにばらまくなんて、将来的に争いの激化にしかなら…ないな。
この世界の魔術ってマップ兵器なしだったわ。
「…むしろ火薬兵器等の発達阻害に繋がり、戦争そのものの規模を抑える働きが期待出来るか?」
「うん?」
「気にするな。
……話を戻すが、本当に本拠地に招かれていると思うか?
俺なら遠ざけるぞ?」
「大丈夫でしょ?
竜の庇護下に入れば将来安泰だもの。
よほどバカな魔物でもなければ対立しないわよ。
…ほら!」
黒姫が首で顎で示した方向には1人の少女。
狐の耳と尻尾があるのが分かりやすい。
「お初にお目にかかります。竜の君。
私はこの森を治める霊狐にございます」
「霊狐?」
「私と同じ精霊獣よ」
……方やただの馬。もう一方は狐耳の少女。
異世界の格差を感じる。
「…何よ?」
黒姫に憐れみを感じていたのがバレたっぽい。
「言っとくけど、精霊獣はある程度のレベルに達すると人化スキルを獲得するの。
私だってそのうちに人化出来るようになるんだから!」
「……そう言うものか。
それでお前の言う通りになった訳だが、お前はこの森の主が精霊獣と知っていたのか?」
「可能性は高いと思っていたわ。
魔獣が支配しているにしては魔物が見当たらないと思ったの」
「さっきは俺を怖れて近付かないと言わなかった?」
「勝てない相手に挑まないのが普通だけど、鬼系統は別。
連中は勝てないことより挑まないことの方を嫌うわ。
そんな連中が全然現れなかった。
魔獣にとっては貴重な食料よ?
殲滅はしない」
なるほど、そうなるとそこの主はゴブリンとかを殲滅しても困らない奴となるな。
「アンデッドの可能性もあるけど、連中の根城はこんなに豊かな自然は残らない」
「…お前思った以上に博識だったな。
レベルもステータスも低いし、大したことないと思っていた」
「産まれて5年だものレベルが低いのは当たり前でしょ!」
「自然界で5年も生きてきてレベルはたった2?」
「私は親から領域を引き継いだの!
魔物とはほとんど戦わずに森の奥に住んでいたわ!
レベルが上がったのだって森を出てからあの牧場に辿り着くまでよ!」
…まあ、レベル2でステータスはそこらの一般人では歯が立たない数値だし、それなりにレベルアップも時間が掛かったのだろう。
「あのう!
私は!」
あ、土下座中の女の子を放置して馬と言い争いしてた。
嫁と娘は霊狐とやらの後ろにいるし、既に仲間になってるようだ。
「すまんすまん。
それで庇護してほしいと?」
「いえ、そのような畏れ多い」
「霊狐ちゃんは一言もそんなこと言ってないわよ?」
頻りに恐縮する霊狐に助け船を出す嫁。
ちゃん付けですか。もう仲間にするのは確定っすね。嫁さん……。
「…庇護下に入りたがるって言ったのは黒姫か。
じゃあ何を?」
「穏やかにこの森を抜けて…」
「この子を保護するわ!」
霊狐の言葉を遮って断言する優香。
しかし、
「少し待て、優香。
この霊狐は俺に挨拶に来たんだから、俺が庇護下に置く」
「渋っていたじゃない!」
「黒姫に疑問を投げ掛けていただけだ。
元々、精霊系のサポーターが欲しかったんだぞ?」
「こんな狐っ娘を戦場に出すなんて許せない!
まなと一緒に育てるわ!」
変な所で夫婦間の対立が勃発した。
「これはいったい?」
「どちらも自分のものにしたいのよ…」
「…何故?」
「……狐だから?」
いつの間にか黒姫の背に乗っていたまなが呆れていたが、狐の使い魔だからしょうがない。
「意味が分からない…」
「狐って日本じゃすごい人気な動物なの」
「はあ? 真奈美は参戦しないので?」
「どっちの下だって私には関係無いもん。
……ママ達にとっても同じなんだけどね?」
「「あ」」
優香とハモった。
どうやらお互いにまなの会話を聞きながら、争っていたらしい。
「…優香の方に付けよう。
騎馬が増えれば移動力が増すし…」
「あのう…。
私はこの森で一族を護っておりまして、誰かの配下となって森を離れるわけには……」
「「……」」
夫婦揃って、早合点していたらしい。
優香の真っ赤な顔が目の前にあるが俺も同じくらい赤いのだろう。
きっと穴があったら入りたいって今の気持ちを言うのだろう。
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