第55話 魔狐の森 1

 ロッド翁達を萎縮させて行動を封じた俺達一家は、ある程度の食糧をまなのバイコーンに乗せて、森へと進んだ。

 そのまま数十分進んで泉を見つけたので一服がてら立ち止まる。


「それにしても何であんな喧嘩を?」

「うん?」

「侯爵領に一緒に行った方が安全だったんじゃない?」

「ああ、やっぱり優香は誤魔化せなかったか。

 幾つかの可能性を吟味した結果なんだがな」


 そう言って指を2本立てて、その後中指を折る。


 「まず1つは問題なくロッドが侯爵領を掌握できた場合、俺は連中の配下に組み込まれる可能性が高い。

 紛争状態の現場を解決するのに手を貸すわけだが、周囲の家臣達は俺を『侯爵家の協力者』ではなく、『侯爵家の家臣』とみるだろう。

 そうなると手柄を全て向こうに吸い上げられて、独立の道が閉ざされる」


 ロッド翁は俺が貴族になることに反発しないが家中の影響等を考慮すれば、よくて侯爵家の庇護下にある男爵家くらいだろう。

 それもまなを人質に出して存続が認められるハリボテ貴族だ。そんな物は本末転倒でしかない。


「そんなに貴族になりたいの?」

「貴族なんて面倒だと思うが、こういう世界である以上、地位の低い者は上位者の言いなりになる。

 向こうに取り込まれてから無理やりまなをファイトの妾にするとか言われて、ぞんざいに扱われても許せるか?」

「そんなこと…」


 眉をひそめてもこの世界のあり方は変わらんぞ?


「有り得るさ。

 仮にまなとファイトが両思いになっても地位の差がある以上、反発を買う。

 押さえ込もうとすれば相手の地位に合うまでこちらの地位を上げるか、地位に見合う立場で我慢するしかない」

「……」


 沈黙をしても現状は変わらない。


「元々俺は侯爵家とは袂を別つ予定でいた。

 いつまでもライフラインを握られるのは危険だからな。

 少し時期が早まっただけだ」

「どれくらい早まったのかしら?」

「半年。

 国王崩御のゴタゴタで警備が緩むタイミングでダンジョンに行くフリをして一家で屋敷を出れば良いと思っていた。

 そのタイミングであのパーティはダンジョンで置き去りになってもらう予定だったんだが、先にやられたな。

 人生中々思うようにはいかんよ」


 ハハハと笑う俺に呆れる優香。

 まなは首を傾げているが、詳しい説明をするべきではない。

 袋小路でない辺りで誘魔香を使って分断する予定だったので置き去りとはいえ、間接的な殺害だったりする。

 さて、もう1つの可能性。


「ついでもっと可能性が高いのは、ロッドの爺さんとアストルが軟禁されて、領地の実権が完全に爺さんの次男達に移る可能性。

 これが一番高いと俺は思っている」

「血を分けた肉親よ?」

「日本だって遺産相続に争いの字を当てたりするだろ?

 あちらと比べ物にならない権力を得るチャンスだぞ?

 むしろ、何故誰もその可能性を考慮しないか不思議だ」

「だってこれまで問題なくやってきたんでしょ?」

「ロッド翁が宰相の状態でな。

 良いか、これまでなら仮に反乱を起こしても国軍による鎮圧で終わった。

 だが宰相を降りた以上それは出来ない。

 その状況で領軍を掌握している次男に、たかだか数十程度の手勢しかいないロッド達が勝てるかよ」

「どうなるの?」

「そうだな。

 先ほども言ったようにロッドとアストルは屋敷に軟禁。

 ファイトとリリーアは何処かの寄子貴族家に養子に入れられる。もちろん家督を継げない立場でな。

 イリスは分からん。

 実家に引き取られるか、修道院に預けられるか。

 …最悪の場合もあり得る」


 まなの前で毒殺と言う言葉は使いたくなかった。

 ファイトとリリーアもその可能性があるが、…言うべきでないだろう。


「かわいそう……」


 まなが小さく呟く。

 幼いまなには辛い話だな。俺は愛娘の肩に手を置いて目線を合わせた。


「まな。

 これは彼らの選択だよ?

 自分の選択に責任が生じるのは常のこと。

 助言はしても良いけど…」

「それを踏みにじるな?」

「そう。

 選択の結果を奪うなら、それは相手を庇護するってことだ。

 その選択をするならそこに責任が生じることを忘れないようにな。

 俺はまなの庇護者だからまなが選択を誤れば全力で助けるけどそれでも後悔しないし、その責任を誰かに押し付けたりもしない」

「責任……」

「またペットを飼うみたいに……」


 まなが目線を合わせて言った俺の言葉を咀嚼していると優香が呆れたと返すが、似たようなものなんだよな実際。


「似たようなものさ。

 誰かを庇護するってことは相手に対してこちらが完全な上位者であって初めて成立するものだ。

 動物に対してこれを行うなら、その相手はもはや愛玩動物に過ぎん」

「どうせなら私も庇護下に置いてほしいわ。

 まあ私はまなちゃんの庇護下にいるわけだけど…」

「お前は魔力をもらった分だけ働けよ…」

「やってるじゃない!

 結構な重さの荷物を背負ってるのよ!

 そもそも私は動物でも魔獣でもなく精霊獣なの。

 …本来崇められる立場なんだから!」

「黒姫ってそんなにすごい存在なの?」

「黒姫?」

「この子の名前、良いでしょう!」


 姫と言うほど高貴かとも思ったがまなが可愛く胸を張ったのでスルーする。

 気持ちも切り替わったようだし。


「バイコーンって、なんか魔獣扱いされるのよね。

 私達ってユニコーンと同族なのよ?

 聖獣とまで言わないけど、それなりに崇めてほしいわ」

「同種族ってことか?」

「そうよ。

 亜種って感じね。

 ちなみにユニコーンの方が私達の亜種」

「そもそも精霊獣ってのは?」

「獣型の精霊のことよ」

「精霊とは?」

「魔力を食べて生きる精神生命体の総称ね」

「ゲームとかの話になるんだが、何かを司っているとかはあるのか?」

「……ないと思うわよ?

 ただ、私達は普段特定のエレメントに満たされた地に住み着くのよ。

 そのせいで特定の魔術に高い適性を持つわ。

 契約とかをすればその契約者の魔力を介して魔術を使用したりはするわね」


 魔術の源と言うよりは召喚モンスター的な存在と言うことか。


「なるほど、ある程度の理解は出来た、確かにまなより俺と契約した方が互いにメリットは大きかったようだ」

「あげない!」


 俺に取られると思ったのか、全身で黒姫にくっつくまなを微笑ましく笑った。


「いらないさ。何処かで新しく出会ったら仲間にならないか勧誘はするけどな」

「じゃあこの森はうってつけよ?

 精霊が居そうな気配が濃いわ」

「それは朗報」


 休憩を終えて、先に進む用意をする。

 追っては来ないと思うが念のため早めに森の奥を目指すのだった。

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