第54話 方針の違い

 王城を出てその足で、屋敷に用意した馬に跨がっての移動を開始する。

 騎士達が先行してそれに囲まれるようにロッド翁が続き、俺が殿を駆ける。

 ……俺だけダッシュだった。

 まさかの馬が怯えて乗れないとか超びっくり。

 前方の馬達も俺から一馬身ほど間隔を開けてやっと満足に走っている状態だった。


「こんな所でフラグを回収せんでも良いのに」


 思わず愚痴るが特に返答もない。

 ……当然か。

 馬が走る蹄の音に風を切る音。

 声を届けようと思えば、何らかの魔術を利用でもしないと届かない。

 よく馬を走らせながら会話する描写があるけど現実じゃあちょっと無理だよな。


「俺を怯えないであろう。

 あのバイコーンを馬車に括って一緒に行かせたのが失敗だった」


 現状の最大の問題は力加減。

 少し早く走ろうとすると馬に追い付いてしまうだろうし、逆に気を抜くと馬からどんどん離される。

 結局、免許取り立ての初心者が運転するみたいに少し離されては追い付くと言うことの繰り返し。

 俺も精神的に疲れるが、馬のストレスは俺の比じゃないだろうな。

 …獰猛な肉食獣が近付いたり離れたりを繰り返しながら追ってくるようなものだぞ、これ。


「結局、騎乗用の魔物がいるのだろうな。

 どちらかと言うと俺も騎乗される側の魔物だが」


 ただ、街道を行く俺達に迫ってくる魔物もいないのは利点だな。

 ほぼ1日前に出立した馬車組にも直ぐに追い付くだろう。

 そんなことを考えながら、馬車組に追い付いたのはその日の夕方だった。

 馬車に追い付いた後、俺とロッド翁は近くの広場で今後の話し合いをすることにした。


「まず、現状の確認だな?」

「そうじゃな。

 ここからボーク領まで大体6日。

 更に領境から領都まで1日掛かる」

「結構掛かるな。

 レンター王子が向かっている紛争地帯は?」

「明日の昼頃に着く町から東に伸びる街道を通り、その後、ベリック山脈沿いに北上すれば良い」

「…ここから東に進んだ方が早くないか?」

「この先には魔狐の森が広がっておる。

 あの森の主は幻術を得意でな、迂闊に入ると迷わされて終わりじゃ」

「魔狐?」

「狐の魔物じゃよ。

 知恵が回る上に妙な術でこちらの認識を狂わせる」

「…ほう」


 幻術を使う狐か。

 従えたらかなり役に立ちそうだな。


「…妙な考えは止めておけ。

 他の主より格下だと思って、奴を仕留めようと数百の軍で攻め込んだこともあったらしいが、同士討ちの末に全滅している」

「そうか。

 諦めて直接抜けるに留めておくとして、勇者達はいつ頃に紛争地帯に着く予定だ?」

「抜ける気ではおるんじゃな…。

 実績だけでみれば本当に出来そうじゃし。

 …勇者達はおそらく明日か明後日くらいに到着するはずじゃ。

 歩兵中心の編隊じゃし、東は魔物の領域が多く北に行って南に戻ってを繰り返すからのう」

「仮に魔狐の森を1日で抜けたとして、そこから何日掛かる?」

「1日では厳しいじゃろうと思うが、他に幾つかの魔物の領域を突っ切れば3日じゃ」

「領域はどんな?」

「狼王の狩場と言う草原と赤い湿原と言う名の湿地帯になるかのう?」

「狼王は分かる、狼だろ?

 赤い湿原ってのは?」

「主は誰も見たことがない。

 ただ、赤い鱗の獰猛な蛇が大量に現れるのでそう呼ばれとる」


 …予想は蛇かな。

 けど湿地帯足を取られるからこっちは避けて、狼王の狩場を突っ切るか。


「ちょっと待った。

 先ほどから父上と祐介は何を話しているんだい?

 僕らと一緒にボーク領まで行って、落ち着いたら彼らに会いに行けば良いだろう?」


 アストルの能天気発言にロッド翁を睨めば、肩を竦めて返される。

 ……マジかよ。


「既に王都は内乱準備状態だぞ?

 そこに少数の手勢で戻れば、様々な事態が想定される。

 少なくともボーク領へ手引きしてある程度の兵力を確保した状態で戻るべきだ」

「何を言ってるんだい?

 王都が内乱になんてなるわけないだろう?

 数百年に渡って平和なんだよ?」


 平和ボケを極めているな。

 …本当はまなと優香を預ける予定だったが、コイツらでは危険そうだ。

 バイコーンも護衛に付いているし、俺と一緒に行動させるべきだな。


「少し楽観的過ぎるな。

 ロランドを王位につけて甘い汁の吸いたい貴族とロッド翁が居なくなったことで宰相位を狙って暗躍する貴族。

 国を乱すのを望まない愛国者達。

 王都の混乱に乗じて独立を狙う一部貴族もいるだろうし、病床の国王と愚王子ロランドに抑えられる状況ではない」

「そんな!」

「もっと言えば王都では既にレンター王子が死んだと言う噂が流れていただろ?

 それが地方に伝播するのはそろそろだ。

 明日にでも一部貴族が旗揚げしてもおかしくないぞ?」


 …アカン。

 俺自身説明していて、既に現状が詰みに近いことを再認識した。

 レンター見捨てて、別の国に移ろうかな……。

 いや、内乱で乱れるんだから地盤を得て大貴族まで行くのも決して不可能じゃないぞ?

 むしろ中途半端に騎子爵とかになって、まなを変態貴族の後妻にでも取られたら目も当てられん。

 目指せ、大公国建国くらいの野望で行くべきだな。


「さてアストルが理解したところで俺達一家はあちらに向かうぞ?」

「ちょっとまてぇい!

 幼い真奈美や嫁の優香殿を連れて紛争地帯に行く気か!

 危険じゃろうが!」

「ロッド翁よ?

 勘違いしているぞ?

 もうこの国は何処で紛争になってもおかしくないんだ。

 むしろ、宰相を返上することになったボーク領は力を落としてると考える輩が周囲に居れば危険なのはボーク領の方だ。

 戻ったら速やかに防備を固めて、一族をまとめあげないと周辺貴族が一斉に煽動すれば一溜りもないからな?」

「なんじゃと!」


 俺の指摘に顔を青くするロッド翁。

 まだ認識が甘かったようだ。

 …俺はそれより更に最悪の事態を想定しているから離れたいんだが大丈夫か?

 ……俺の身内を信用し過ぎるなと言う忠告を無視したのがコイツらである以上、その選択も因果応報に過ぎん。


「お待ちなさい!

 西側は大丈夫ですわ。

 私の実家クレブル伯爵家と領境を接していますもの!」

「…そうか」


 …更にヤベーじゃねえか!

 俺はどうなっても知らんからな!


「まあ良い。

 俺はコイツらと共にレンター達の元へ向かうから別行動だ」

「…どうしても行くのかのう?」

「ああ」

「そうか。……すまんのう」


 ロッド翁が手を挙げると周囲の騎士が剣を抜くが、


「舐めるな!」


 俺の一喝で尻餅をついて震える。

 侯爵一家は爺さんは何とか起きているが、…他は失神してるな。

 うちは両方問題なし。

 たぶんこれは俺が味方認定しているかどうかも作用するのだろう。


「さて行くぞ!」

「ちょっとまて!

 儂らを敵に回す気か?」

「最初に俺を敵に回したのはそっちだ。

 命があるだけマシだろ?」


 ……まあ命を取らないのは今後に利用するためだが。


「それじゃあな…」


 疲れた顔の爺さんを残して、一家でその場を後にする。

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