第53話 王都を離れよう

 ファーレシア王国の王都ラーセン。

 その南門は商業都市アダックやその先にあるレッドサンド王国へ続く鉄の交易路の終着点の1つとして、重厚な存在感を醸し出す。

 そんな南門に早朝の開門直後、頑丈そうな箱馬車が4台連なって現れた。

 商人の中には日中の混雑を避けるために朝早くから出立する者も多く、その類いだろうと兵士も眠たそうに簡単な検査をして通過させる。

 良くある朝の風景だったが、馬車に乗っている人物には不評だった。


「弛んでいる。

 これでは不届き者が容易く入り込めるじゃないか?」

「本当に困ったものね」


 同乗しているのが旦那なら思いっきり皮肉っただろうな…。

 と思いながらも鷹山優香はあえて沈黙する。


「それにしても領地へ急に戻るなんて父上にも困ったものだね」

「まったくよ」


 …実際には内乱が起こる可能性がある王都からの離脱だと言うのが、祐介の談でロッド翁もその可能性を懸念している。

 そんな状態に想像も出来ていないこの夫婦が危なっかしいと優香は思った。

 もちろん祐介達の考え過ぎも有り得るが、最悪命の危険を伴うなら出来るだけのことはした方が良いと言うのは優香も納得した。


「それでボーク侯爵領はどんなところなの?」

「自然が豊かで放牧が盛んな土地だよ!」

「田舎だけどね!」


 ファイト、リリーアと打ち解けて楽しそうな娘と同乗しているのが唯一の救いだと思いながら、街道をゆっくり南下していく馬車から風景を見る優香だった。



 そんなゆったりと旅を始めたであろう一行を羨むのは俺とロッド翁。

 後は俺と共に護衛として側に付く騎士達だろう。

 俺はウンザリとした気分で目の前の茶番を見ていた。

 曰く、王都の警護状況がとかのロッド翁の監督責任を問う声から、隣の貴族が騒音がうるさいだのと言った日常の不満まで様々な意見が、会場になった謁見の間を包む。

 本来、この手の騒ぎを収拾して、議論を前に進めるはずの宰相が被告人として立ち、それを代行するはずの王子に手腕がないのだから必然だ。そんな中、


「とにかく!

 儂は責任を取って宰相を辞任し、王都を離れて領地に引っ込む!

 それで文句はなかろう!」


 事前に方針を決めていたロッド翁が声を大きくして宣言する。


「ボーク侯爵よ。後からその発言は取り消せんぞ?」

「かまわんよ。

 現王陛下への恩に報いるために働いてきたが、ロランドを支える気はない!」

「貴様!」


 あえてロランドから王子の称号を取り除くロッド翁に顔を真っ赤にするが、


「ここに多くの貴族が集まったのも好都合じゃ。

 儂はここでロランドの罪を糾弾させてもらおう」

「何を言って!」

「第1王子ロランドは勇者召喚を独断で行い、それを手駒にしようとした!

 これは国家存亡にも関わる大罪である!

 と、元宰相として諸君らに通告する!」


 ロッド翁の言葉は国を憂う愛国者の福音であり、第1王子派の貴族に対する死刑宣告に等しい。

 長年、国を支えてきた老侯爵が自分の政治生命と引き換えに出した案件が軽いなどとは誰も思わない。


「どこに証拠がある?!」

「捏造だ!」


 当然第1王子派閥の貴族から否定の言葉が飛ぶが、


「証拠はここだ!」


 俺が前に出る。


「誰だ! 貴様!

 騎士風情が…」


 威勢の良い言葉は尻萎みになる。

 騎士だと思っていたのが俺の顔を見て、誰だか気付いたらしい。


「やっと思い出したか?

 殺そうとした相手を忘れるなんてヒドイやつだな?」

「何で…」

「決まってるだろ? ロランド!

 勝手に召喚した挙げ句殺そうとしたんだ!

 殺そうとした以上は殺される覚悟は出来てるだろ?!」

「ヒィィ!」


 少し殺意を込めて睨めば、腰を抜かして後退る。

 相変わらず雑魚っぷりが板に付いているな。


「ロッド侯爵閣下、彼は?」

「勇者召喚に巻き込まれた一般人の1人じゃよ。

 ロランド達が放置した故に儂が保護した」

「……うむ。王子達の様子を観るに事実か」

「殺そうとした相手の顔さえ覚えていないとは…」


 位の高そうな老人が状況を値踏みし、青年貴族が呆れる。

 …顔が分からないのは無理ないんだよな。

 嫁や娘もパッと見分からなかったんだ。


「王子騙されてはいけません!

 侯爵家が用意した偽物です!

 あの時の男は中年でした!」


 こっちが用意した罠にワザワザ掛かりに行く貴族。

 コントかよ!


「つまり、コッスイ伯爵は召喚された一般人とやらに会っていると言うことかね?」

「あ! あ、あぁぁ、

 会ってはないぞ!

 そのように伝聞で聞いただけで……」

「なるほど第1王子の派閥に属する貴族は、勇者召喚が行われたことを知っていたと言うことだな?」

「となるとやはりロランド殿下が主体となったとなるな?」


 更に糾弾が進む。

 さて俺は、


「興が削げた。

 爺さん、さっさと領地に向かうとしよう」


 ロッド翁糾弾場からロランド糾弾場に場を変えた謁見の間を出ることにした。

 ここから先は貴族達の仕事だ。


「少し良いかね?」


 そのまま城を出たかったのだが、目敏い貴族に捕まった。


「ハロルド卿か」

「うむ。中々の事態ではないか?

 儂くらいには事前に教えて欲しかったぞ?」

「状況が状況じゃ、許してくれ」

「分かっておるよ。

 …王都の情報は儂が流そう」

「助かる。

 見返りは後日で良いかな?」

「なぁに。

 ここで彼に紹介してくれるだけで十分じゃ」

「そうか?

 我が領の旨い酒を用意するんじゃが?」

「ただの手紙でそこまでの手間は取らせんよ」


 ……何て言うか、ここに来て初めての貴族らしいやり取りを観た気がするな。

 異世界人と言うのは価値があるのか…。

 このジジイ黙ってやがったな。


「はじめまして、鷹山祐介です。

 こちらでは冒険者をやっていますので縁があれば、その時はよろしくお願いします」


 ビジネススマイルで対応しておく。

 もしかしたらロッド翁の牽制になるかもしれないので念のために縁を紡いでおくのだ。


「こちらこそ。

 私はハロルド・ジューナス。

 ジューナス公爵家の当主だ。

 役職などないお飾りの貴族だが、何かあれば頼らせてもらうかもしれない。

 よろしく頼むよ」


 差し出された手に握手を返しながら、目の前の男について考える。

 お飾りの公爵、……つまり元王族か。

 ロッド翁の牽制にふさわしいな。

 それに立場上、他の貴族やロランドの妨害も受けにくく、正確な情報が得やすくなるのはありがたい。


「祐介殿、早めに城を出るぞ?」

「それではこれで!」


 手を挙げて軽く挨拶をして城のエントランスを目指すロッド翁に付いていく。

 …ロランドが貴族に捕まってる間に脱出しておかないと窮鼠猫を噛むの諺にあるようなことになりかねないから早めの離脱は賛成だ。

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