第52話 侯爵からの相談

 情報を収集し始めた時点で後手に回っていた。

 タカール伯爵家の者が大量に変死を遂げ、それは王都の警備兵や周辺の貴族に見つかった。

 そこから半日後には、


『タカール伯爵がレンター王子を弑し、国王陛下の怒りを買った』


 と言う噂で持ち切りとなった。

 どうやら、タカール邸のあまりの惨状が普通の事件でないと言う憶測とレンターがいないことを結び付ける厄介な人間がいたようだ。

 そうなった時に一番の利益を得るのは誰か。

 ……目の前の老侯爵である。

 第1王子派閥の牽制に加え、有力者の排除。

 更にそれらを国益のためとして自らの傷を浅くすることが出来る。

 ……事実なら。

 まあ、この侯爵はかなり善良な質だ。そんなことはしないだろうが、


「ロランド王子に先手を打たれたようじゃ…」


 部屋に招かれた俺に手紙を差し出してきた。

 内容は……、


「召喚状か…。

 国王代理の名の元にロッド翁を糾弾して、事態の安定を図るわけだな」


 向こうの貴族に気を使いすぎて立場を悪くした。

 俺が主導出来ればな。

 うん? どうにもならないって?

 ここはネットも何もない封建主義の国家だぞ?

 噂が広がる前に戒厳令を敷き、拡散を封じてからタカール伯爵家の調査と何処かの国の特産物の破損品でも用意して始末を付ければ事足りる。

 むしろ、レンター達の派遣された小競り合いの相手側を捏造対象にして、第1王子と相手国両方の影響力低下を狙うかも。

 まあ、一時的に傷は負うが最終的には評価されるだろう?

 この侯爵は初動でそれをしなかった。

 結果が現状だ。


「そう言うことじゃ。

 噂はともかくタカール家の連中が、虐殺されたのは事実。

 儂の引退とアストルの相続放棄を要請してくるじゃろうな」

「ロッド翁の影響を排除か。

 当然ロッド翁と近い立場にいる警備兵の役職者も罷免されるだろうな…」


 まずある程度の貴族はレンター王子が調停のために出向いている事実を知っているので、タカール伯爵との因果関係は薄いと知っている。

 だが王都の治安に関する総責任者が宰相である上に、今回は貴族家に大量の死者が出ているのだ。

 我が身が可愛い貴族は挙ってロッド翁を責めるだろう。


「そもそもタカールが何かをやろうとして失敗したとしか思えない。

 ベックの仕業とかもないだろ?」

「うむ。何より問題になるのは生存者がいないと言う事実じゃ。

 数十人規模の精鋭でもいないと難しいじゃろ?」

「それに王都内を闊歩されたって言われるとキツいな。

 どっかの国の重鎮でも怒らせたんじゃないのか?

 そんで暗殺部隊を差し向けられたとか」

「有り得るだけに怖いわ…。

 それでお主ならどうする?」

「素直に引退して領地に引き込もったら?

 俺がレンター達を連れてくるから、そこからロランドを糾弾するべきじゃないか?」


 現状は文字通り旗色が悪い。

 向こうは第1王子で、こちらが侯爵だと日和見の貴族が向こうに付く可能性がある。

 正面きって戦ったら負けるだろうし、レンターを旗頭にして仕切り直す方が良い。


「しかしその間にこの国は…」

「大丈夫だろ?

 病床とは言えまだ国王が生きているし、いきなりアホな改革で政治をぐちゃぐちゃにするほどバカじゃないだろ?」


 レンターと合流して戻って来るのなんて半月程度だろ?

 隣の国とやらも面倒な戦争は望むまい。

 少し飴をやって追い返すので十分だし状況次第じゃ、王都の近郊を巨大な竜が通り過ぎる災害に見舞われるだけだ。


「大丈夫かのう?」

「心配し過ぎても事態を悪化させるぞ?

 さて、召喚の日付は?」

「明日じゃ…」

「正気か?」

「じゃから心配なんじゃ」


 ロッド翁の心配に思わず同意してしまった。


「殺されたのが自分の派閥じゃから、初動の速さをアピールして求心力が落ちるのを防ぎたかったんじゃろうな…」

「仮にそうだとして、こんな急に召集を掛けたら参加出来ない貴族も出てくるだろ?

 そいつらを敵に回して執政とか無謀も良いところだ」

「本当にのう。

 あやつらの頭の中には敵と味方しかいないんじゃろうな」


 頭の痛い話だな。

 本格的に王都を離れる準備をしておくべきかもな。

 日和見していた大貴族との抗争にでも巻き込まれたら堪らない。


「仮に国王の容態が急変して重石が無くなれば、抗争待ったなしかも…」

「それはさすがにないじゃろ」

「例えば、王の兄弟関係にある公爵とかが辺境伯とかと組んで国政を正すとか暴れたら?」

「……」


 沈黙が答えだった。


「どうだろう?

 念のためロランドにも謹慎してもらわないか?」

「どういうことじゃ?」


 俺はちょっとした企みを説明。

 その後は屋敷の管理人選出や馬車などの手配があると言うロッド翁に退室を促されたので、出廷には付いていくことだけを了解させて、執務室を後にした。

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