第51話 侯爵との相談
セイルと共に訪れた執務室にはロッド翁が暗い顔で佇んでいた。
「今回は本当にすまない。
まさか我が家に仕える者が護衛対象を亡き者しようとする不届き者であったとは…」
「気にするな。
今回は俺のミスだ。
妻子のあるベックがこんな行動に出ると予想していなかった。
アイツは妻子を省みずに野心に身を焦がす奴だなんて思わなかったんだ」
「そこは儂も不思議に思っておる。
あやつは10歳になるかならんかで家に仕え、能力の低さで、他の同時期に出仕した者に差を付けられて、その上後から入った者にも追い抜かれてな。
じゃが、それでも腐らずにやって来た。
その姿に惹かれたのか我が家で当時一番の器量良しと結ばれたのじゃ。
こんなバカな真似をしたのが信じられん」
「そうか」
老侯爵の話から今回の一件に他の貴族が絡むのを確信した。
「ベックは?」
「今、家に確認に行かせておる」
「変な動きの貴族がいるかもしれない。
念のため、マリアとジュディをこの家に保護した方が良いぞ?」
「既にそう命じてあるわい。
何年貴族をやって来たと思っておる。
……じゃが、お主が気に掛けるのは意外じゃ」
「心外な。
うちの娘がジュディを気に入っているので、上手く取り込みたいだけだ」
「お主な…」
「それよりも勇者に繋ぎを取ってほしい。
もう出発した後か?」
「4日前に出立したわい。
……レンター王子は大丈夫だろうか」
「手に入れたアイテムで強化してからとも思ったが、遅かったか」
「むしろ、レンター王子の出立に合わせておるのじゃろうな。
お主の死を聞けば、勇者達の警戒心を煽ることになる」
……それなりに計算しているわけか。
駄目な連中だと油断した。
この間のタカールの駄目さ具合は偽装か?
「最悪、領地へ逃げ帰る準備をした方が良いかもな…」
「どういうことじゃ?」
「本当に頭の良い参謀がいるなら、そろそろレンター王子の死を伝える噂が流れるかもしれない」
「暗殺など出来んと思うが?」
「信憑性はどうでも良いんだ。
要はあの駄目王子が王都を掌握するだけの権力を一時的にも接収出来れば、後からレンターを殺しても帳尻が合う」
「そんなバカな」
呆れ返っているが、現代の日本では噂が事実を凌駕するなんて日常茶飯事だった。
まあこの世界はその経験がないのかもしれない。
思い付く奴がいないかも…。
「どうかな…」
「どうしたんじゃ?
先程から突拍子もなく」
扇動して動く厄介な知恵者はいないかもしれないが、妄想を口にする愚かな凡愚は多そうなんだよな。
「例えば、タカールとかがボソッとレンター王子が死ねばなと呟いて、それを聞いた城の誰かがそれを広める。
その過程で『タカールがレンターの死を望んだ』が、書き換わって『タカールがレンターの殺害を思い付いた』『タカールがレンターを殺した』に変わるかもしれん。
大々的に訊けないそれは妙な信憑性を持って広がり、その内その噂を信じたバカが行動を開始すれば?」
「……」
そこまで話せばさすがに有り得そうと思ったのか顔を青くする。
「ひとまず俺は騎士に化けてロッド翁の護衛をしよう。
アストル達にも説明して、屋敷から何時でも逃げ出せる準備をさせておくことだ」
噂の厄介なところは先手が打てないところにある。
下手な刺激で信憑性が増せば、本当に手の施しようがないところまで行くかもしれない。
そんなことを考えていると、ノックの音が響く。
「失礼します。
ポール達が帰還しました。
マリアとジュディ嬢を連れていますが、ベックが当家を放逐されたことを知らなかったようで…」
「爺さん!
すぐに第1王子派閥の貴族家を確認に行かせろ!」
「なんじゃ急に?」
「ベックは家族に侯爵家をクビになることを報告していなかった。
つまりその負債を相殺出来る何かを得る約束があった可能性がある。
なのに1日経っても帰ってきていない」
「約束を反古にされたか、あるいは…」
ロッド翁も最悪の予想が頭を過ったらしいが、事態はそれ以上だ。
「なのに嫁と娘が特に危害を負うこともなく生きてる!
分かるか?
ベックに応対した貴族家で想定外の何かが起こってる可能性がある」
「待て! 純粋にベックを雇い入れたのではないか?
その可能性は?」
まだそんな希望的な考えでいるのか!
「ない!
そうなればマリアにくらいは侯爵家との接触を避けるように連絡があるだろ?
このタイミングで敵対貴族に何かがあると危険だぞ?」
「儂の陰謀だと騒がれるな…。
ポールに手分けして貴族街の見回りをさせろ!
平時のように普通にするように、厳命しろ。
良いな!」
「……分かりました」
慌てて出ていくセイルを見送りつつ、嫌な予感に汗が出る。
……何もなければ良いが。
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