第47話 父親二人
ロベルトが酒場で酒に溺れている頃。
ベックはタカール邸の裏庭で伯爵と会うために待機していた。
祐介一家と夕食を共にした翌日に家を訪ねてきた使者の手引きでタカール伯爵と会った時と同じ手順を踏んで。
「あの…。伯爵様はまだでしょうか?」
「しばらく待て。伯爵様は忙しいのだ」
不安から何度目かの質問をするが、返ってくるのも同じ回答。
彼は仲良くなった男を殺してまで、騎士へとなれると言う誘いに乗ったにも関わらず、長時間放置される現状に騙されたのではと言う不安に襲われる。
「タカール伯爵閣下のお越しである! 平伏せよ!」
先に出てきた使者の言葉に土下座で迎えるベック。
「よく来たな。首尾はどうなった?」
「はい。
ロープを登っている最中にロープを切り落としました!
奴が遥か下まで落ちていったのは間違いありません」
「何? 死んでいるところを確認していないのか?」
ベックの説明を聞いた伯爵は眉をひそめる。
オーガを容易く葬る男が、穴に落ちた程度で確実に死ぬとは思えないのだ。
これは大裂孔を見たことのない伯爵と肌で感じてきたベックの差だが、この場に居る者の大半は伯爵に近い。
そもそも大裂孔のある7層まで近付ける者が希少なのだから。
それ故に周囲からも取り成しはなく。
ベックは孤立することになる。
「まともに仕事が出来るなら裏を任せられる騎士として重宝しようと思ったのだがな……」
「へ?」
伯爵が手を上げて合図を送ると周囲にそれとなく配されていた騎士達が一斉に槍を突き刺す。
何が起きたかも分からないままベックの耳に……。
「コイツの妻子はいかがいたします?」
「念のため口を封じておけ」
と言う非道な言葉が聞こえる。
そこでベックの中の『何か』が、弾けた。
実はベックは祐介を落とした後の撤退戦でそのレベルを50まで上げていた。
勇者にレベル20でユニークスキルが付くようにこの世界の人間もレベルを50まで上げることでユニークスキルを得られるのだ。
ベックの得たユニークスキルは『往生際の悪い者』。
どんなことをしても生き残ろうとする意地汚い者であると定義された。
それが自分の命を捨てても娘を守りたいと言う願いによって、反転した。
『往生際の悪い者』、死ぬ瞬間まで諦めない者が『死んでも諦めない者』に変質する。
そしてこのスキルは持ち主が死ぬ時に唯一の効果を発揮する!
「オオォォォ!」
「何だ? コイツは!」
ベックだった物は起き上がり近くの騎士に掴み掛かる。
しかし、その横から現れた剣閃で首を跳ねられる。
とっさに動ける優秀な騎士が、同僚を守ったのだ。
安堵の空気が流れ掛けたが、それは自らの首を拾うベックに押し潰された。
「オオォォォ!」
「グアアァ!」
首を付け直したベックは先ほどの倍のスピードで自らの首を跳ねた騎士の首を噛み、騎士の絶叫を無視して、その首を噛み千切った。
「ヒィィィ!」
「助けて!」
最も手練れだった騎士をあっさり殺された他の騎士達は裏門から逃亡を謀るが見えない壁に阻まれる。
ベックだったアンデッド『盲誠の騎士』が作り出したボス空間に閉じ込められたのだ。
このアンデッドは真の意味でアンデッドである。
『盲誠の騎士』である間はどうやっても殺せないのだ。
このアンデッドを倒すには、アンデッドの願いを叶えさせて、『不死の貴族』ノーブルデッドへ昇華させるか、アンデッドの願いを潰えさせ、『首を失った騎士』デュラハンへ堕落させるしかない。
ではその願いは何か?
……大昔、大国が戦乱に明け暮れていた時代なら自国の繁栄だったかもしれない。
国を滅ぼすのは難しい。けれど何かのきっかけで容易く滅びることも多い。
昔はデュラハンと化す者も多かっただろう。
しかしベックは違う。
この男の目的は『娘の幸せ』。
おそらく娘が天寿を全うすればノーブルデッド化して、討伐も可能となるだろう。
その実力は下位の竜にも匹敵すると言う情報を無視すれば。
逆にどうにかジュディを殺せればデュラハンとなり、これも討伐を可能にする。
討伐時の呪いに抵抗出来なければ討伐者も死ぬ運命となるが。
……所詮は可能性の話に過ぎない。
1つだけ確かに言えることがあるとすれば、ボス空間に捕らえられたタカール邸の者に生き残れる可能性は残っていないと言う事実だけだろう。
翌日、巡回の衛兵はタカール邸内に大量の干からびたミイラを発見する。
身に付けていた物からタカール伯爵とその家族や家臣達であると推測された、それは第1王子派の貴族を震え上がらせ、クーデターの火種になるものだったとだけ書き記す。
リッチとのボス戦を始めてかなり時間が経った気がする。
俺は絶望的な戦いを繰り広げていた。
あれから良いニュースと悪いニュースが、1つずつあるんだが、どっちから聞きたい?
「って冗談でも考えないとやってられんよな!」
「おや? ギブアップですか?」
「誰が!」
俺の呟きに軽く問い掛けてくるリッチがウザい。
こっちは偃月竜牙刀に魔力を込めるのに忙しいのだ。
込めた魔力を斬擊として放つことでゴーストを倒す。
50くらいの魔力を消費して1から2体でコスパは最悪だが、魔力は戦闘中でも時間辺り最大魔力の10%くらい回復する。
俺の場合は100ポイント。
お陰で拮抗している。
……そう拮抗なのだ。
向こうもゴーストを召喚し、その召喚速度が時間2から3体。
こちらが倒した分だけ向こうも補充するので数が減らず、かといってリッチを倒すには大量のゴーストが、密集する壁を突破する必要がある。
初擊で倒し損ねたリッチはゴーストの大半を盾のように配置して俺の侵入を防ぎ、こちらを休ませないように10くらいを遊撃に出すと言う戦法を駆使してきたのだ。
無理をすれば一時的に拮抗を崩せるが、その後押し込まれるのが目に見えているので現状維持が精一杯の俺。
実際の所、あのゴーストの大群に一斉に襲われれば俺は助からないが、相討ちの可能性も十分有り得る為に向こうもそれをやらない。
まあ向こうはこっちの集中力が切れれば押しきれるのだから無理をする必要がないと言うのもあるだろう。
「っとと!」
……若干足のもつれが出てきている。長くはもたんか?
隙を突いて向かってきたゴーストを斬り伏せる。
魔力を無駄にした!
命には変えられないけど!
「やべ!」
無理な姿勢で剣を振るって、態勢を崩し……。
「ヌアアァァ!」
隙を逃さず一斉に向かってくるゴーストによって300近い生命力を奪われ、その痛みに絶叫を上げてしまった。
「もう少しみたいですね?」
リッチの言い分は腹立たしいが正しい。
今ので俺の生命力は200をきっているし、何より眠気と疲れで朦朧としそうで……。
『パパ! お誕生日おめでとう!』
真奈美は折り紙の花束を差し出してくる。
真奈美がくれたのは肩たたき券で、真奈美は俺を描いたと言う絵をくれて。
『パパ! 死んじゃやだ!』
小さな真奈美は大きくなり、俺に泣き腫らした目で呼び掛ける。
そう、まだ、死ねない。
「死んで、たまるか!!」
真奈美の幻影に答える意志が俺の口から絶叫となり迸り、俺を中心に衝撃波を生み出した。
「何なんですか?
いきなり?」
余裕をかましていたリッチが、ボロボロの状態で膝を付き、あれだけいたゴーストが綺麗に消えていた!
「今のは一体?」
自分に解析をかける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前 鷹山祐介 性別 男
種族 人竜
レベル 10
能力
生命力 653/1706
魔力 1042/2009
腕力 533
知力 510
体力 546
志力 481
脚力 511
スキル
技能 鑑定(8)
解析(2)
剣術(12)
ユニークスキル
竜へ至る魂(10)
アビリティ
竜の心臓(ー)
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「どうやらゴーストの体当たりでゴーストを倒した扱いになり、経験値でレベルアップした?
勇者にピンチでスーパーパワーに目覚めるとか、俺がやるか? 普通?
……先程のは竜の心臓が発現して使用解除されたものかねぇ?」
竜の心臓
強靭な竜種の生命力を支える重要器官。
5分毎に生命力の5%を回復状態にするリジェネ(バッシブ)になり、生命力と魔力が+500される。
また、竜の魔法が使用可能となる。
「竜の魔法。いわゆるドラゴンハウリングってやつか?」
良いね!
広範囲攻撃はありがたい。
「さて、リッチ。
覚悟はいいか?」
「ヌー・ベデル・アービ・ヴィア」
「うん?」
「これが私の切り札です。
契約の元にきたれ! 腐竜トージェン」
状況を整理して、リッチに向き直ると奴は妙な呪文を唱えており、首を傾げていると黒い魔方陣から巨大な竜が現れた。
……マジか。
「何で悪役って切り札を隠すんだ?」
「それはこれは私が消滅するのを代償にしたものだからです。
私だって死にたくないので、使いたくないんですよ?
ですが私を構成するダンジョンマスターの因子がそれを許さない。
と言うわけで、私はここでリタイヤします。
あなたが来るのを我が神の元で待っていますね」
そういって消えていくリッチ。
好き勝手ほざいていきやがって!
……どうしよう? これ!
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