第46話 失った物

 祐介が大裂孔に落ちて3日くらいが経った頃。

 平民街でも端の方にある場末の酒場で1人の男が酒をあおっていた。

 左手でぎこちなくジョッキを持つ様は違和感をもたらせるが、皆カウンターに置かれた右手を見て顔をしかめながら納得する。

 …右手は肘から先がないのだ。


「いらっしゃいませ」


 男がマスターの制止を振り切って5杯目を頼んだ時にウェイトレスが、新たな客の来店を告げる。

 酔っ払い達がヤジを投げ掛ける様から女性だろうと思いつつも、興味のない男は出された酒を更に飲み干す。


「探しましたよ。ロベルト様」


 どうやら探し人はカウンターの男だったようだ。

 名前を呼ばれて振り返った男は、祐介達と一緒にダンジョンを探索していた騎士のロベルト・フォードであり、彼を訪ねてきた女性は同じパーティメンバーだった元従騎士ミニア。

 その女性の顔は左右で不揃いとなり、痛々しかった。


「ミニアか。何のようだ?」


 半眼で睨んでくる顔はやつれ、無精髭も相成って山賊のようなものになっていた。


「少しお願いがありまして…」

「この俺に?

 利き手をなくして侯爵家を解雇され、挙げ句親兄弟にも見捨てられたこの俺に?!」


 激昂して叩き付けられたジョッキがガンと音をたてる。


「……見捨てられたのは私も同じです」


 ロベルトの怒りを受けながら弱々しく絞り出したのと同時に涙を流すミニア。


「あん?」

「両親は私を修道院に入れると、今回得たお金も修道女に必要ないだろうと奪われ……」

「…そうか。

 それで? 俺に養えとでも?

 手持ちの金がなくなれば野垂れ死ぬこの俺に!」

「旦那、飲み過ぎですぜ?」


 ミニアの涙を気遣う余裕もなく感情を爆発させるロベルトに酒場のマスターがたしなめるが、


「うるさい!」


 と罵声で返される。


「ロベルト様。

 仮にも騎士であった方がそのような!」

「騎士…。

 騎士か。俺は元々騎士なんてなりたくなかった。

 兄貴が病死して代わりに奉公に行くのが俺だったんだ!

 なのにそこで腕を失った俺を勘当だと!

 ふざけるなよ!

 返せよ! 俺の人生を返せよ!!」


 大声で叫ぶロベルトだが、それを聞いていた周囲の客は舌打ちして帰っていく。

 彼らは殆どが冒険者を始めとする日雇い者ばかり。

 騎士と言う定職を持っていたロベルトに嫉妬しても同情はしないのだ。


「なあ旦那。すまねえが帰ってくれないか?

 これじゃあ商売にならん!」


 大金持ちの上客ではあるが、他の客を不快にする輩を客として置いておく気はないのだ。


「なんだと!」

「出ましょう。ロベルト様」

「何を!」

「失礼します。マスター」


 立ち上がって抗議しようとしたが酔いで上手く立ち上がれないロベルトの腕を支えて、店を出るミニア。


「何なんだお前は!」

「ロベルト様。これ以上は…」

「ちぃ!

 …俺はあそこの宿に留まっている。

 それじゃあな!」

「送っていきます。

 部屋で飲み直しましょう」


 ミニアの言葉に再度激昂しそうになって、諦めて部屋に向かう。


「…何のようだ?」

「え?」

「用事があると言っていただろ?」

「……」


 黙り込んで宿に向かうミニアに居心地の悪さを感じながらゆっくりと進み、食堂で酒を受け取ると言って一旦別れた。

 そこで初めて自責を感じたロベルト。

 ロベルトはここ数日常に考えていたことを自問する。

 自分は何処で選択を間違えたのだろうかと。

 その問い掛けに答えは出ない。

 何故なら、それを認めれば欲にまみれた醜い自分認めざるをえないから。

 ロベルトの心に最後に残ったプライドが、邪魔をする。


「失礼します。

 お加減はいかがですか?」

「大丈夫だ。それで何のようだ?」

「……」


 ロベルトの問いを放置してベットの端に座ったミニア。

 フードを脱ぐとその顔は痛々しいイメージを高めた。


「…そう言えばベックはどうしたのだろうな?」

「そうですね…。

 すぐに新しい仕事を探すと言っていましたし、案外何処かで働いてるのかもしれません」

「そうか…」

「アイツは特に怪我もしていませんでしたからね」

「そうか…」

「……」

「……」


 互いに話題がなくなり沈黙が支配する。


「アリエスも家に返されて来月には嫁に出されるそうですね」

「そうか」


 臨時で協力してくれた少女も話題に出す。


「商家の後妻に入れられるとか」

「そうか」


 宰相に睨まれた状態の娘を引き取るのは教会も彼女の実家も嫌だったのだろう。

 やはりアリエス嬢も表舞台には立てない人生を歩むようだ。


「……私も修道院で日の目をみない道を歩むことになります。

 その前に私に少しだけお情けを頂けませんでしょうか?」

「…良いのか?」

「ずっとお慕い申し上げておりました」


 言葉をなくして、ミニアを押し倒したロベルト。

 明日も知れない身となった恐怖を拭うように互いを求めた。

 …人はそれを負け犬達の傷の舐め合いと笑うかもしれない。

 けれど2人の中では愛と情があった。それが真実だった。

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