第45話 決死行

 大裂孔の一番下で待つこと4時間。

 …踏ん切りが付かなかった訳じゃない。

 ゴーストまみれのダンジョンを進むので生命力全快とファーストエイド1回分の回復を待っていた。

 ゴーストが倒せない以上、生命力とその回復手段が命綱だ。

 回復手段は高品質応急回復薬5本とファーストエイド1回分。

 自前の生命力と合わせて1267ポイント。

 普通の人間数十人分だよって量だが、現状では心もとない。


「けど行くしかない。

 ゴーストは他のゴーストに引き寄せられるらしいから出来るだけ見付からないのが重要だろう」


 ゆっくりとダンジョンの壁沿いに侵入を開始した。



 最初の1時間で違和感に気付いた。

 これまで出会っていないんだ。

 どうなっているのか…。

 この間の感じだと数百は居るだろうゴーストが見当たらない。

 この階層はゴーストの居ない階層なのか?

 だとすれば嬉しい。

 もっと言えば、普通の雑魚が出てきてくれると最高だ。

 レベルアップが出来れば生存率も上がるのだから。


「最悪は何処かで待ち構えているパターンか。

 それだと回復手段が追い付かない可能性が高い」


 さすがにそんな知能を持つ敵モンスターはいないと信じたい。

 襲ってくる嫌な予感を意識的にねじ伏せながら、前に進む。

 上に向かっているのか、下に向かっているのかも分からないまま。

 黙々と進み続けた俺は2時間ほど歩いただろうか?

 前方に開けた場所を見付ける。

 ボス空間と言う雰囲気。

 …引き返そう。

 他の道を探すのだっと踵を変えそうとして、通り道がなくなっているのに気付く。

 ……既にボス空間の内側か。

 どうしたものか。ここは広さが足りない分壁抜け出来るゴーストが有利だよな。

 けど、ボスに気取られるのは不味い気もする。


「隠れていないで出てきてはいかがですか?

 久し振りの来訪者なのですから少しくらい話に付き合ってくださいませんか?」


 広間の奥から聞こえてきたのは電子音声に似た聞き取りにくい声。

 既にバレているらしい。

 …観念して出ていけば、死霊に囲まれた金色の髑髏がこちらを見つめてきた。

 黒地に銀糸の入ったローブを身に纏う姿は…。


「リッチ…」

「よくご存じで…。私はこのダンジョンの主、リッチのベルーダと申します」

「ダンジョンマスターってことか?」

「そうとらえてもらって構いません」

「まさか会話が成立するとは思わなかった」

「そうですね。

 私もついこの間まではただのリッチでした。

 しかし、あなたがダンジョンを荒らすようになってから、何かに名を与えられ会話をするだけの自我が生まれました。

 まるであなたの存在をダンジョンが恐れているかのようですね」


 …優香が俺はダンジョンにとって嫌な客だと言っていたな。

 こんな形でフラグを回収するかよ。


「つまり俺が真っ当に攻略していたら…」

「私はあなたをここに誘い込むなんて知恵もなく、時間こそ掛かるものの地道な攻略の末に私を討伐してダンジョン制覇を成したでしょう」

「自業自得ってことか」


 あまりの状況に頭を掻く。

 冴えない中年の妻子持ちだからと秘めた野心を想像出来ず、無理なレベルアップを図ってダンジョンのセオリーを無視。

 結果がこれ。

 笑えない、本当に笑えない。


「そうですね。

 今の心境は?

 私に心が折れる心境と言うのを是非教えていただきたい」

「バカ。

 俺にも嫁と娘が居るんだ。

 ハイそうですかと誰が諦める!」


 …勝算はある。

 ゴーストの数はざっと200くらい、こいつらの生命力を-30と仮定して必要な生命力は6000!

 自前の生命力だけで1000まで行けるんだ。後5000…500時間出来るだけ回避しながら、要所要所で数を削る。

 リッチはアンデッドで亡霊系じゃないから、物理でも倒せる。

 速攻で潰す。

 ヤバくなったら、回復薬を服用。

 …最悪俺が死んでも優香がいる。優香が真奈美を守ってくれれば俺の人生に意味はある!

 それに!


「絶望的過ぎて笑える戦いだか希望はある!」


 俺は少年漫画のヒーローじゃないけど…。

 …娘の為にくらいは戦える!

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