第38話 動き出した悪意

 夜更けのタカール伯爵邸。

 伝統ある貴族の屋敷に相応しい豪奢な客室に4人の人影があった。

 本邸の主タカール伯爵と盟友とも言うべき2伯爵。そして、前回の失態から必死に挽回のために働いてきたサギール男爵の4人だった。


「それで?

 あの男の周辺については分かったのかね?」

「はっ。

 例の男はボーク侯爵家に従うフォード騎士爵家の3男ロベルト・フォードとその従騎士ベック、ミニア。

 このミニアの従妹のアリエスと言うヒーラー見習いと共にダンジョンに潜っているようです」

「ほう。数日で良くそこまで調べ上げたな。大したものだ」

「いえ、実はこの情報を得られたのは昨日でして、それまではまともな情報が得られていませんでした」

「そうなのか?」

「はい。

 どうやら数日前に冒険者ギルドと仲違いをしたらしく、ギルドがそれまで流さなかった情報を急に流し始めまして…」


 更に付加価値の高い情報を差し出すサギール。


「そうか! それは良い情報だ。

 王子には私達から取り成しておいてやろう」

「ありがとうございます!」

「そうだ! ついでに1つ頼めんか?」


 サギールはコッスイ伯爵の言葉に満面の笑顔となり、続くパックル伯爵の言葉で暗くなる表情を必死に取り繕った。


「どのようなことでしょうか?」

「大したことではない。ベックと言う従騎士の住居を調べて欲しいだけだ」

「はあ?

 その程度で宜しいのですか?」

「あくまでもついでの仕事だ。

 簡単だろう?」


 侯爵家の前を張って、ベックとやらの後を少し付けるだけの仕事。

 鑑定持ちの自分なら容易で、それで伯爵達の評価が上がるなら…。


「喜んでお請けしますぞ!」

「そうかそうか!

 では頼んだぞ」


 サギールの打算を知りながらも、我が意を得たりと言うような表情でこの男を送り出したタカール伯爵。

 揚々と去っていったサギールを見送った3人の伯爵は、改めてテーブルにワインを用意した。


「それでいきなりベックとやらを指名したのは何故だ?」

「実は私は例の異世界人には一度会っているのだがな。

 その時にあの男は男女の従騎士を連れていた。

 中年と少女の従騎士でな。

 名前からして中年がベックだろう?」

「…なるほど、その歳なら家庭もあるだろうし、騎士に取り立てると言う甘言に惑わされるかもな?」

「最悪妻子を人質にすれば良い」


 タカールの情報からそこまで謀略を練る。

 この能力をまともなことに使えれば、良かったのだが…。


「手紙を渡すのは我が家の従僕にやらせる。

 我が家が主動で良いかな?」

「良かろう。

 借りといてやる」

「私もだ」


 上手く立ち回らなければ汚れ仕事になりかねない仕事だけに大きな貸しを作れたとほくそ笑み、タカールはもう1つの懸念を話題とする。


「国境はどうだ?」

「殿下宛に準備を始めると連絡が来た。

 数日後に双方の布陣が完了するだろうとのことだ」

「ではあの男を始末するのと同じくらいの時期になりそうだな」

「丁度良いではないか。

 殿下の悩み事をまとめて解決できる」

「違いない」

「どちらかが早すぎればもう片方が警戒するかもしれないしな」


 特にレクター王子が王都にいる間に異世界人を殺したことがバレれば全て水泡に帰す。


「…そうだな。

 レクター王子が出立した後にあの男を始末するべきか?」

「それが良いかもしれん」


 3伯爵はワインを掲げて高らかに笑いあった。

 そして2杯目のワインを注いだところでコッスイがふと思い出す。


「殿下の悩みと言えば、勇者はどうした?

 奴らも放置するのは問題ではないか?」

「いや、あのまま侯爵家の預かりにしておくのだ。

 それを理由にロッドを引退に追い込めば、更に我らの派閥の影響力が増すこととなる」


 勇者独占を糾弾すれば、欲深な者は嫉妬から。

 忠臣は王家を蔑ろにしていると言う義憤からこちらの尻馬に乗る。


「すぐにやっては駄目か?」

「そうだな。

 長く放置して侯爵家が証拠の隠滅を図れば…」

「いや、こっちが召喚したことは近衛騎士や宮廷魔道師も知っている話だ。

 この状態で騒いで殿下が責任を取らせられて謹慎処分にでもなれば、例えレクター王子を排除しても王権を得られんかもしれん」

「そんなことになるだろうか?」

「可能性は低いがミネット姫を女王に立てた方がマシだとなったら?」

「可能性はなくもないか…」


 ミネット姫はロランド王子の異母妹でレクター王子の同母姉になるので、血統的に見れば彼女の方が王位に近い。

 ただ娘に王位を継がせて負担を掛けたくない国王の意向と王配となった者の専横を恐れる貴族の思惑が一致し、他国に嫁ぐ予定となっている。

 しかし、ロランドの失態があまりに目に余れば、やむを得ないと言う風潮になりかねない。

 その時はロランド派に属する自分達は、責任を取らせると言う大義名分の元に自害を迫られ、見せしめに利用されるかも。


「そうなればレクター王子が王位を継ぐ以上に不利益を被る」

「そうだな。

 ロランド様に王位を継いで頂き、根回しを済ませた上で行動しよう」


 こうして勇者への関心を失った伯爵達は、それが自分達の状況に悪影響を与えるワイルドカードになるとは予想だにしていなかった。

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