第37話 換金騒動
「これは本当にあなたがたが?」
3日ほどのダンジョン探索を終えて、帰ってきた俺達を迎えたのは受付嬢の疑いの視線と言葉だった。
失礼な奴である。
「…それはどういう意味だ?」
「もう一度聞きますが、これは誰かの物を奪い取ったものじゃないでしょうね?」
「…仮にそうだとして、何か問題があるのか?」
あえて訊いてみる。
冒険者は実力主義なのだと説明したのはギルドの職員達ではないか。
「冒険者はならず者集団ではありません!
除名勧告を行います!」
「そうか。
ではこれからは直接工房と取引しよう」
「何を!」
「ロベルト。ボーク侯爵家がやり取りしている業者を紹介してくれるように相談するから、今から向かうぞ?」
激昂している受付嬢を無視して、ロベルトを促して出ていこうとする。
そのタイミングで、今まで様子を観ていた冒険者達が前を塞ぐ。
「何のつもりだ?」
「今の態度。お前は同業者を殺してそれを奪う悪党と言うことだろ!
そんな連中を許せるかよ!」
「俺は1度でもそれをやったと言ったか?」
「……え?」
「そういえば、……言ってない」
「全く。
そんな無駄なことをするわけないだろうが」
「じゃあ何で?」
「冒険者の利益をピンハネしているだけの連中に盗人呼ばわりされて怒らないわけがないだろうが」
「ピンハネですって!」
俺の挑発に腹を立てる受付嬢を更に無視して、冒険者達に集中する。
「冒険者ギルドの役割は何だ?」
「冒険者のサポートだろうが!」
「そう。
サポートだ。
だから、実際に盗まれたと訴える者がいたらそれを調停するのは正しい。
だが、想定外の利益を上げた冒険者に言い掛かりを付けるのは違反行為だ。
もっと言えば冒険者を実力主義と定めた冒険者ギルドがダンジョン内で冒険者同士が殺し合いになったとしても文句を言う権利はない。
殺された方が悪いだけだ」
「じゃあ冒険者ギルドに登録するメリットは?」
「ドロップ品等の販売を一手に引き受けてくれる手間の省略だな」
「そんな!」
ほとんどの冒険者がショックを受けているのだが、それに付き合う義理はない。
「ちなみにその引き受け価格はギルドの利益分安く買い叩かれている。
ならば直接大棚の商会と取引が出きるならさっさと辞めてしまうに限る」
「そうなのか…」
「いや、知らねえよ」
「変な言い掛かりは辞めてもらおうか?!」
ざわめき出す冒険者達を掻き分けて、がたいの良い爺さんがやってくる。
周囲の声を聞く限り、この男がこの支部の支部長らしいが、
「何が言い掛かりなのだ?」
「我々が冒険者からあくどく搾取しているような言い掛かりだ」
「お前の部下よりは遥かに信憑性があるが?」
「何を…」
「この受付嬢は俺を他の冒険者を襲って強奪する賊だと糾弾してきたのだが?」
「何、本当か?
ジーネ?」
「そうです!
この男達は冒険者登録から数日しか経ってないにも関わらず、11層より下の魔物が出すドロップ品を持ち込んだんですよ!」
お偉いさんの登場に勢いよく現状を訴えるが、
「ああ。すまんが君が何を言ってるか理解できない。
新人であっても元騎士のような者であれば、活躍出来ても不思議じゃないだろう?」
「でも、この人達が潜っている『鬼の祠』に同じように潜っている『ヴァンガード』の皆さんが予定日を過ぎても戻って来ていないんですよ!」
これが証拠と言わんばかりに突き付けられたのは、いまいちな理由。
支部長の男も呆れた顔で肩を竦める。
「冒険者の帰還が数日遅れるなんて珍しくないだろうに」
「むしろ状況に応じて、短縮や延長を判断出来ない冒険者は生き残れないと思うが?」
聞いたことがあるパーティ名が出たが、特に気せずに一般論で答える。
「そもそもそのヴァンガードの納品しているアイテムと今回のアイテムに同じ傾向があるのか?」
「え?」
「…普通に考えて納めるアイテムは似か寄るだろうが、成功する方法で稼ぐのが当たり前だ」
「……」
これだけ説明しても理解出来ないのか?
小説とかの受付嬢って優秀なイメージなんだけどな。
「…ハァ。
ダンジョンと言う不測の事態が起きやすい環境に置いて、それまで討伐で稼いでいた者が、採取で稼げると思うか?」
「……あ」
「うむ。すぐに確認してみなさい」
更に分かりやすく説明してやっと納得したらしい。
支部長の指示に従って動き出した。
「なんかすまんな」
「うん?」
「今のやり取りからほぼお前の疑いは晴れているだろう。
だから先に謝っておこうと思ってな」
「証明するまで分からんぞ?
俺と同じく討伐メインかもしれんぞ?」
「いやヴァンガードは12層辺りから魔鉄鋼を主に持ち帰っておった」
「知ってるのかい!」
「こっちが言っても納得しないだろ。
自分の目で確かめさせるに限る」
「そうか…」
目の前の男に適当な返事を返しつつ、帰るために先ほど出したドロップ品の回収を始める。
「……何をしている?」
「うん?
ギルドを利用するのを止めて、直接店と交渉することにしたからな。
ドロップ品を回収している」
「ちょっと待とう」
「何だ?」
肩を掴まれたので、しょうがなく相手をする。
「そんなことをされるとギルドとしては非常に困るのだが?」
「そういう対応をされる程度に俺の信頼を失ったのはそちらの落ち度だが?」
「それは…」
「それじゃあな」
固まる支部長の男を放置して、俺は外へ出た。
「ユーリス殿。
何故、今回は換金中に声を出したのですか?
私に任せていただければ、このような事態には…」
ギルドを出たところでベックが話し掛けてきた。
今回の騒動を批判したいようだが、
「正直な話で買い取りにギルドを経由するのを止めたかった。
今回の騒動は丁度よかったんだよ」
「何故…」
「先ほども言ったギルドの中抜きを削ることによって俺達はより高く、商人達はより安く物を交換出来る」
「ギルドと言うのは悪い組織と言うことですか?」
ロベルトのそれは世間知らずの考え方だった。
まあ状態次第では間違いじゃないのだが、
「例えば、俺達がゴブリンを倒すのが精一杯のパーティならギルドの恩恵は大きい。
ゴブリン程度の魔石はほぼ無価値だから、ギルドの持ち出しの方が大きいはずだ。
だが、俺達は幸運にもかなり深層で行動できている。
そうなると俺達の収入に比例してギルドの利益が大きくなる」
「はあ…」
「国はここ以外にも幾つもあるが、冒険者ギルドは1つだけだろう?
たった1つしかない組織をむやみに大きくするのは危険なことだ」
「すみません。よく分からないのですが…」
「民が問題の解決を望んだ時に冒険者ギルドしか救済組織がないなら、どれほど異常に高額な依頼料でもそれを支払うしかない。
競合する組織があるに越したことはない」
「それを1人の冒険者がやるのは無謀では?」
「もちろんそうだ。
だが、今回冒険者達の間に疑惑の種を蒔いた。
俺達がこれで成功させていけば、後に続く者が出てくるかもしれないだろう?」
建前はこんなところ。
無事に元の世界に戻れるなら良いが、駄目な時は貴族や官僚を目指すことになる。
それも無理な時に冒険者ギルドの幹部になれるかと言うとかなり難しい。
ならば、事前にそういう組織を立ち上げていけば良い。
俺が元気なうちは組織の拡大を出来るだろうし、ロッド翁や勇者経由でレクター王子を巻き込めば、法衣貴族化も射程範囲になる。
「そこまで人々のことを考えてみえるのですね!
素晴らしいです!」
ロベルトの純粋な称賛がちょっと痛かったけど……。
「すみませんでした!
今回持ち込まれたのはオークやオーガの魔石が大半ですが、これらはかれこれ20年以上もダンジョンから持ち帰られていない状態です!」
「なんだと!」
「あれ?
先ほどの冒険者の方々は?」
「怒って帰ってしまった…。
しかし本当にオーガの魔石が混じっていたのか?」
「え、はい。
鑑定でもそう出ました」
「そう言えば君は鑑定持ちだったな」
「はい。
あの男はレベルがたったの9だったので、それも不信を覚えた原因です」
「それは確かに不信に思うかもしれないが…」
眉をひそめるレッグス支部長に、向き合う娘に罪悪感は見当たらない。
自分は替えのきかない人材だと自信があるのだ。
「君は今日から専属鑑定士になってもらう」
「ええぇ!」
支部長から見れば、偶然見目の良い娘が鑑定スキルを持っていたに過ぎない。
さっさと部署を移動して、再発防止に動くだけだった。
結局、大口のドロップ回収の機会を失ったギルドと受付嬢の給金と鑑定の手当てから鑑定士の給金だけに減給で、しかも有望株の冒険者品定めが出来なくなった元受付嬢だけが損をする結果となるのだった。
……今のところは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます