第36話 不思議な客

 縫装店を営むリリットは、その日不思議な客を迎え入れた。

 その客は3人組で、1人は仕立てが良く新しい生地で造られた服を纏う女性。

 2人目はその娘と思われる良く似た風貌の少女。

 この時点では豪商の奥方と令嬢が新しい服を仕立てに来たと思ったが、続いて古い生地の服を着た少女が、連れ立ってやって来た。

 これが見るからにボロ布を張り合わせた物なら夫人達が連れてきた奴隷と判断するところだが、少女の服装は中流階級以上の家の者だと長年の経験が囁く。


「奥様、本日はどのようなご用件で?」


 不思議であっても客は客と割りきったリリットは、最年長の女性に問い掛ける。


「服が欲しいのだけど?」


 対する女性は不思議そうな顔で答える。

 その様子にリリットの警戒心は一気に膨れ上がった。

 もしかしたらお忍びでやって来た上級貴族の夫人かもしれないっと考えたのだ。

 縫装店はオーダーメイドで服を造るのが基本。

 商家や下級貴族なら知っていて当たり前だが、上級貴族の夫人が店まで足を運ぶことは考えにくいからこそ、そう言う知識がないのではと警戒した。


「服屋でしょ?

 服を買いたいのだけど…」


 やっぱり!


「恐れ入りますが、当店はオーダーメイドの服の作成と装飾小物の販売しかしておりません。

 服を購入となりますと採寸からになりますが宜しいでしょうか?」


 内心震えながらも説明をする。

 縫装店と古着屋の区別もついていない、上級貴族の客とか勘弁して!


「オーダーメイド?

 結構するの?」

「はい?

 ええ…。当店ですと奥様が着てみえるようなデザインのご衣装で金貨1枚。レースや刺繍を付けますと1つ辺りで銀貨20枚から50枚の追加になります」

「そうなの?

 じゃあ私とこの子達の3人分で2着ずつお願いするわね!」

「結構安いんだね。ママ」


 2人の子供のうち、お嬢様と思われる方が気楽に女性に話し掛けていた。

 もう一人は真っ青な顔で震えていたけど、私の顔はこの子と同じくらいに青くなっている気もする。


「大丈夫?

 出直した方が良いかしら?」

「いえ大丈夫です。

 針子達を呼んできますのでしばらくお待ちください!」


 慌てて店の奥にいる針子の元に向かった。


「どうしたんです? 店長?」

「すごい青い顔してますよ?」

「物凄いヤバイ客が来た。

 ミニット、レアー、セリネは採寸をして頂戴」

「姐さん達に頼まないと行けないような危ないお客さんなんですか?」


 戸惑ってるベテラン3人に、その子達に採寸を頼んだのを不信な顔で見ている他の子達。

 注意も兼ねて言っておくべきでしょうね。


「採寸して欲しいのは女性1人と少女2人。

 1人はその方の令嬢だけど、もう1人は遊び相手として見繕われた娘みたいだね。

 自分の分とその2人の分を2着ずつ購入するって言ってるわ。

 今回の購入だけで多分金貨10枚くらいになるのに、あっさり出すって言ってるのよ!」

「すごい良い話じゃないですか!」

「お馬鹿。

 そんなお金をあっさり出せるんだよ?

 法衣貴族なら役職持ちの伯爵以上。

 領地貴族でも子爵以上は固い相手だね」


 私の予想を聞いて青い顔の3人には申し訳ないけど、この子達以上の者はいないんだから我慢しておくれよ?

 私だってお引き取り願いたいが、それで不評を買うのさえ怖いんだ。

 尻込みする3人を急かして店に戻ったが、店でも一悶着あった。

 水面下で使用人らしい子の採寸を取り合ったのだ。

 占めて金貨14枚の大仕事だったが、この子達へは臨時手当て無しだよ!



 ありがとうございました。と震えながらも見送ってくれた店主を一瞥して、歩きだした一行。


「思った以上に安いよね?

 オーダーメイドの服を買うのにオーク2体でお釣りが来ちゃった!」

「そうね。祐介には悪いけど、こっちでの生活も悪くないわよね!」

「…私の分までありがとうございます」


 店の帰り道を楽しそうに歩く親子に居心地の悪そうな少女が続く不思議な買い物客が大通りで目撃されたのだった。

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