第25話 お嬢様はご機嫌斜め

「パパのバカ!」


 俺達一家が借りてる部屋に真奈美の大声が響いた。

 勇者を紹介し、コイツらとダンジョンに潜ることを説明したのが原因だ。


「しょうがないだろう?

 コイツらを鍛えないと今後の情勢に響くんだ」

「じゃあ、私も連れていってよ!」

「だから、無理だって。

 正直、今の時点でこの勇者達は戦力不足なんだ。

 その状態でまなや優香は連れていけない」


 幾ら俺が強くても腕は2本しかないのだ。

 物理的に護りきれない。


「私の方が強いもん。

 勇者に勝ったら良いでしょ!」

「何でそうなる?

 …優香もなんとか言ってくれよ?」

「私も一緒に行ってまなを守るわ。連れていきましょ?」


 ずっと黙っていた奥さんに助け船を求めたら、むしろまな側に付かれた。


「優香まで!

 どうしたんだ?!」

「あなたがこの国の王子に喧嘩を売ったからよ?

 確かにこの侯爵家にいる間は安全かもしれない。

 けど、ここの侯爵様だって心変わりをするかもしれないでしょ?

 その時までに強くなっておくべきよ?」


 現時点で俺と侯爵は同じ船に乗ってるような物だし、よっぽどそれはないと思うが。

 ……一理有るんだよな。

 人の心に絶対はないなんて当たり前だから。


「分かった。それじゃあガンツの店に寄って、装備を整えたらダンジョンに向かう」

「それで良いわ。

 まなも良いわよね?」

「勇者と戦わないの?」

「それはしなくて良い。

 現時点だと本当に勝ちそうだし」

「それは聞き捨てならないぞ!

 こんな小さな女の子に負けるはずがない」

「ステータスって妙なものがあるこの世界でそんな感覚でいると死ぬぞ?」


 坊主頭の勇者が噛み付いてきたので冷たく囁く。


「良いか? 中野。

 どれほどムキムキのボディビルダーでも筋力値で負けていれば、華奢な子供に勝てないのがこの世界の現実だ。

 ……先入観で動くな。

 逆にどれほど恐ろしい相手でも能力値で勝ってるなら恐れる必要もないがな」


 前半は冷たく、後半は気楽に言って脅しておく。

 ゴクリっと唾を飲む気配を感じてから。


「まあ平均的なステータスで言えば、勇者達の方が上だけど、まなは遠距離戦特化のステータスだからな。

 運次第で勝てる時も負ける時もあるだろう」

「魔法使いってことですか?」

「ゲームで言えば、攻撃魔法の使える僧侶だな?

 ユニークスキルの名称的に」

「そうだった。

 おっちゃんもユニークスキルを持ってるんだよな?

 じゃなきゃ強すぎるし!」

「有るけど秘密だ。

 これは切り札になるから誰にも言えない。

 お前達も情報は出来るだけ隠せよ?

 下手にオープンにしてると危ないぞ?」


 大池の問いに答えて、それに更に問い掛けてきた杉田の質問をバッサリ切り捨てる。

 日本でだって情報が金になったんだ。ならそれ以上に、情報の価値が高いこの世界ではどうなるか。

 ……勇者にはダンジョンに入ってから説明しよう。


「そう言えば、まなは治癒魔術を習得したのか?」

「ううん。治癒魔術は人同士で伝承出来ないんだって」

「…少し待て。魔術はどうやって習得したんだ?」

「魔術師の先生と握手して先生が『ファイヤーボール伝承』って言ったら使えるようになったよ?」

「マジか。

 それで治癒魔術はどうしろと?」

「どれかの神の神殿で治癒魔術の伝承が出来るクリスタルに触れば良いって」

「…明日中にダンジョンに潜れるかな?」

「さあ」


 俺の呟きに肩を竦める嫁の姿がそこにあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る