第八章「一月九日 木曜日」

第54話 誇りやかな男の姿

あれから、一か月。

今日もコルヌイエホテルのメインバーは、まだ正月の華やかさをひきつつ、にぎやかに込み合っていた。


メインバーのバーテンダーである飯塚慎二いいづかしんじは、山桜やまざくらのバーカウンターの中に立って忙しく働いている。客のオーダーを受け、酒をつくり、下がってきたグラスを洗い、また別の酒をつくる。

飯塚が忙しく働いていると、すっとホール担当の宇田川うたがわが近づいてきた。


「おい、六番テーブルの女ふたり、いけそうだぜ」


飯塚は、同期の宇田川のりない言葉に笑う。


「いい加減にしろよ、宇田川」

「なにが? 今夜のは若いぜ。二十歳チョイってとこか。あんな年でこんなバーに女だけで来るって、どういうことかね」

「ただの男あさりじゃないってことだよ。面倒になるから、手を出すのはよせよ」

「どうみてもオヤジ待ちだよなあ。ちぇっ、しょせんこの世は金ってこった」

「金じゃないこともあるだろう」

「……井上いのうえさんのことか?」


宇田川は、ちらっと山桜の一枚カウンターの奥にいるメインバーのチーフバーテンダー、深沢洋輔ふかざわようすけ目線めせんを走らせた。

それから少し低めた声で、


「驚いたよなあ。まさか井上さんが、コルヌイエをめるとは思わなかった。たかが、女のことでなあ」

「あの人にとっては、“たかが女”じゃなかったんだよ。人生で、一番たいせつなものなんだ」


飯塚のなかに、漆黒のロングコートをひるがえして夜の中に消えてゆく井上清春いのうえきよはるの優美なうし姿すがたが浮かんだ。

たったひとりのひとに、この先の人生すべてをかけていはないと言い切った、ほこりやかな男の姿だ。

飯塚が、いつかなりたいと思う大人の男。


「お前もさ、宇田川」


飯塚は手早くテキーラ・サンセットを仕上げながら笑って宇田川を見た。


「早く、お前のための人をさがせよ。惚れた女のいる世界は、違うぜ」


ちぇっ、と宇田川はまた舌打ちした。


「井上さんといいお前といい、早々に一人の女に決めちまって何がいいのかね。さっぱりわからない」

「わからなくていいよ。ほら、早くホールに戻れ。ボスにまた蹴飛ばされるぜ」


“ボス”という言葉に、宇田川は亀のように首を引っ込めた。

そしてちらりとガラスのバーエントランスを眺めてから、スッと背筋を伸ばして接客用の姿勢を取った。


「飯塚。グダグダしてるうちに、目がめるような上玉じょうだまが来たぞ。すげえ美人だ。まあ、連れは普通……以下かな」


うん? といって飯塚もエントランスを見た。

そして整った顔立ちにほのかな笑いを忍び込ませた。


「ああ。

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