第53話 純白とピンクの花弁が重なり開き

 ベッドの上で、舘林椿は軽やかな笑い声を立てた。


「ごめんね、今は女王様じゃないわよ」

「女王様だよ。いつだって俺は、君の犬なんだ」


 幸せだな、と飯塚は続けた。


「この世は、自分の飼い主が分からない男であふれている。正しい飼い主を見つけられるほうが、少ないんだよ。その中で俺は君を見つけた――ああ、逆かな。君が俺を見つけたのかも」

「どっちでも同じことよ。飯塚さん、ありがとう」

「何が?」


 笑いながら、飯塚はゆっくりと身体を進めた。まだ、椿は笑っている。


「あたし、男性恐怖症を克服したみたい」

「それ、俺だけにしてくれよ? 他の男には、恐怖症のままでいい」


 そう言うと飯塚は深く深く椿にキスをした。そのまま、なめらかに椿の中に入り込む。

 椿の身体が、痛みにこわばる。飯塚は止まりたい気持ちを押さえて、一度だけしっかりと椿の中に入りきった。


「ゆっくり呼吸をして。そう、大丈夫。しばらくこのまま動かないから。椿、痛い?」


 椿はゆっくりと首を振った。


「いたく、ない。けど。くるしい」


 ごめんよ、と飯塚はささやいた。


「まだ、椿の身体が慣れていないから苦しいんだ。今日はもう、これで終わろう」

「だめだよ。これじゃあ、セックスしたことにならないんでしょ?」

「なってるよ。君はもうヴァージンじゃなくなったよ。これで、良かった椿?」


 うん、と椿はうなずいた。


「これで、良かった」


 やがて、飯塚のキスと身体が椿の上で連動していく。椿につながっている安心感で、飯塚は、自分がどこにいるのかさえもどうでもよくなる。

 次の瞬間、大きすぎる愛情の波が、飯塚の身体を満たした。


「つばき」


 飯塚は柔らかい少女の身体を切ない気持ちで蹂躙しながら、この世で言えると思ったことのない言葉を口にしていた。


「あいしてる」


 何も言わない椿がニコリを笑った。

 椿の笑った顔と、ささやかな吐息と熱が、言葉以上の力をもって飯塚を包み込む。

 今は、これ以上のどんな答えもいらない、と飯塚は目を閉じた。


 暗い闇の中で、飯塚は思う。

 次に飯塚の目が見る世界は、もう、これまでと違う。

 惚れた女のいる男だけが、見ることのできる世界だ。

 温かく、柔らかく、美しい―――飯塚と椿の、天国。


 飯塚は、ゆっくりと目を開いた。

 目の前には、ほのかにピンク色に染まった椿がいる。


「あいしてる」


 飯塚がもう一度いったとき、椿の身体が優しく震えた。

 夜明けに近い十二月の早暁そうぎょう

 鮮やかに開ききった椿の花がシーツの上に落ちるかすかな音を、飯塚慎二は聞いた。


 純白にピンクのが入った花弁が重なりひらき、中心にはすこやかな黄色い花粉と蜜をまとった少女がほころんでいる。

 飯塚慎二の。

 女王様だ。

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