第52話 初めてのセックス

椿つばきは、飯塚いいづかの背中に回した手に、しっかりと力を込めてきた。飯塚は、ひたすら椿の首筋に顔を埋め、ベッドの上ではじめて花開はなひらく、乙女の香りに酔いしれる。

椿の声が、怖いほど飯塚の近くで聞こえた。


「いいよ。しようよ」

「ほんとに?今夜はめちゃめちゃいろんなことがあっただろう?君だって混乱しているんじゃないのかな。日をあらためて、別のときに―――」

「いやよ。今夜あんなにいろいろなことがあった。だから今夜じゃなくちゃ、ダメなの」

「だめ?」


飯塚は、まだ硬さが残る椿の首筋に、飽きずにキスを繰り返しながら尋ねた。


「だめって、どういうこと?」

「今日をのがしたら、もう二度と、あたしには出ないってこと。こんな日だから、できることがあるのよ。

こんな日でなければ、初めてのセックスなんて、できない」


椿はふいに両手を飯塚の背中から離した。飯塚の背中が一気に冷え切り、ぶるっと身ぶるいする。

寒い。

椿の手が離れるだけで、飯塚はこんなに寒いのだ。


「いやだよ」


飯塚は椿の小さな身体にしがみついた。


「手を、離さないで、椿」

「あっ、ごめんなさい。やりにくい?」

「さびしいんだ」


飯塚は椿の身体を着実に開きながらささやいた。


「椿がいないと、さびしい」

「…ここにいるじゃない」

「もっと、近づきたい」


飯塚がそう言うと、椿は笑った。


「―――じゃあ、来て。はやく、きて」

「怖くないか、椿」


こわくない、と椿は歌うような声で言った。


「怖くない。飯塚さんだし」

「俺は、怖いよ」


ぽつん、と飯塚は言った。


「つまり俺は、君のはじめての男になるんだろ。怖いよ。加減かげんが分からないし、椿をこわしそうで、こわい」

「飯塚さんにとってはあたしが二人目でしょ。こわいのは当たり前だよ。あれっ、二人目じゃないのかな。他の人とも、やってみるだけはやってみた?」

「やってみた」


飯塚は咽喉のどの奥でうめきながら答えた。

ああもう早く、椿の中に入ってこのぬくもりにひたりたい。飯塚は椿の両手を握り締め、ベッドシーツに押し付けた。

柔らかい少女の身体を持った椿が、白いシーツの上で両手を抑え込まれて、身動きもできなくなっている。

飯塚は、申し訳ない気持ちでつぶやいた。


「やってみたよ、いろんな女性と。でも、一度だって身体が思うようにならなかった。真っ暗な中でもためしたし、意識がなくなるほど酔ってからやったこともある。ぜんぶ、だめだった」


ふわ、と椿の息が飯塚の顔に当たった。飯塚が見おろすと椿は明るく笑っていた。


「ありがとう。あたしを、待っていてくれたのね」


うん、と飯塚は答えた。


「君を待っていた。俺の、女王様を」

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