第51話 「あとでね。君がすっかり、俺のものになってから」
「何なのかしら、あのふたり」
椿は、湯船の中でシャワーを浴びて身体の泡を落としながら明るく笑った。
「でも、分かんなくてもいいでしょう?」
「知りたくない?ボスのこと」
飯塚が尋ねると、椿はふざけてシャワーを飯塚に向けた。飯塚があわてて湯をよける。
椿の笑い声が、小さな浴室に響いた。
「知らなくていい。あたしが知りたい人は、他にいるから」
ふいに、飯塚慎二は何もかもを放り出したくなった。
当たり前だ、目の前には飯塚が恋をしている女性がいる。
しかも、柔らかく丸みのある身体を無造作に湯にひたしたまま。
飯塚は立ち上がってタオル掛けからバスタオルを取った。ふんわりと毛足の長いバスタオルは、飯塚の職場であるコルヌイエホテルの備品を買ったものだ。
タオルを広げる。
「おいで、椿」
その声に、椿が初めてはっとした。
あわてて自分の身体に巻いている薄いタオルを両手でおおい、ざぶんと湯の中に入りなおす。
「やだ。恥ずかしい」
「目をつぶっているよ」
「そういう問題じゃないもん」
「どういう問題なんだよ。ほら、湯冷めする」
飯塚は目を閉じて、両手で大判のバスタオルを広げて待った。椿がしばらく湯の中で逡巡し、やがて湯船の栓を抜いて立ち上がる気配が感じられた。
ひたん、と椿の足がバスマットに乗る。
続いて、ふんわりと椿の身体が飯塚の手の中のバスタオルへ入ってくるのと、シャンプーの香りがただようのが、同じタイミングだった。
飯塚は手ばやく椿をタオルでくるみ込み、目を開いて笑った。
飯塚の眼のすぐ下に、椿のうなじがある。
うつむいている椿のうなじの上で、まだ湯の粒が光っている。その光の粒を、飯塚は身体をかたむけて、唇でなめとった。
椿の身体が、ひくんとする。
飯塚は椿のうなじから始めて、首筋、肩へキスを流してゆく。
飯塚の唇の下で、椿の肌が赤くなった。
「あの……飯塚さん」
「うん」
「あたし、髪がまだ濡れていて」
「乾かしてあげる」
飯塚はキスをやめずに答えた。
「あとでね。君がすっかり、俺のものになってから」
★★★
飯塚の小さなベッドの上で、椿はまるで花開くタイミングを待っているつぼみのようだった。
飯塚の指がふれるたびに、1ミリずつ、固く閉じていた椿の花がやわらいでゆく。
甘い香りをたてて、飯塚の椿が開いてゆく。
「つばき」
飯塚はもう、名を呼ぶ以外のことができない。
わずかずつ飯塚の愛撫に反応する椿の身体に、飯塚は耽溺する。
しなやかな若木のような椿の両手が飯塚の背中に回り、飯塚はその手の感触にもう、
椿、と飯塚は呼んだ。
「俺、今ならまだ、止まれるよ。っていうか。ここを過ぎたら、もう止まれない――いい?」
ぎゅっと、椿は両手に力を込めてきた。
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