第46話 可憐な奴隷
しかし両手を上にあげられて、手首をベルトで止められているために、
その様子を、飯塚が
椿が、にやりとする。
「もたもたしないで」
トン、ともう一度飯塚の横腹を蹴飛ばしてやる。すると飯塚は、起こしかけていた長身を、あっけなくベッドに倒れこませた。
バランスが、取れない。
そしてわびるように、飯塚はベッドの上から椿を見上げた。
「ごめん、椿ちゃん、ごめん。ちゃんと立てないんだ」
「命令よ。やりなさい、今すぐに」
びくんっ、と今度は明確に飯塚の身体が震えた。目の色が、椿の機嫌をうかがっている。
その瞬間。
飯塚慎二と
飯塚は、可憐な奴隷の立場を手に入れたのだ。
相手にひれ伏しているように見せながら、じつは女王様に快楽を命じている
そして椿は、飯塚に的確な指示を出しつつ、最終的に飯塚を喜ばせてやる女王様になった。
上が下になり、下が上になる複雑な世界。
どちらがどちらを支配しているのか、飯塚と椿自身にすらわからないような、濃厚で繊細で、熱のある密度にあふれた世界。
飯塚と椿しか入れない世界が、その瞬間、確立した。
飯塚はおびえたような目の色のまま、ようやくベッドから起き上がり、よろよろと歩きながら隣室へ出ていった。
飯塚が見えなくなって初めて、椿は少しだけ肩の力を抜いた。
正直なところ、椿には、最後まで女王様としてやり切れるかどうか、自信がない。姉のなつきはプロの女王様で、椿はトレーニングを受けたけれどもまだ途中だし、ここには助けてくれる他の女王様はいない。
しかし、ここまで来た以上、椿には飯塚に対する責任がある。
飯塚慎二を、途中で放り出すことはできない。
椿はごくりとつばを飲み込み、
「やるしかない、やるしかないわ」
とつぶやいた。
そして、頭の中で必死になって薄暗いマンションの廊下で見た男たちの顔を思い出す。
細い細いステープラーの針は、顔のどこに刺さっていただろうか。
今夜は本当に飯塚の顔に針を打ち込む必要はないが―――針を使う時は、滅菌済みの専用針を使え、となつきは言っていた。感染症のリスクがあるからだ―――それでも、飯塚の眼に見える場所にステープラーを当てなければ効果がない。
たしか、目じりと鼻先だった。
椿の頭の中に、きらきらと光る銀色の針が浮かび上がる。
唇の端にもステープラーの針があった気がする。
目じりは危ないな…鼻先と唇のはしっこなら、なんとかできるかも…と椿が思ったとき、カタン、とドアが開く音がした。
ゆっくりと椿が振り返る。
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