第45話 女王様って、なんて大変なの

今夜、舘林椿たてばやしつばき飯塚いいづかたちに救出されたとき、薄暗いマンションの非常階段の前には、椿を拉致らちした男たちが丸太のように積み上げられていた。

男たちは両手を後ろに回され、白い結束バンドのようなもので指をとめられ、両足の指も拘束されていた。

そして男たちの顔には、鼻先と目じりに、ステープラーの銀色の針がごく浅く刺さっていたのだった。


椿は、銀色の針が刺さっていた位置を必死に思い出そうとする。

金属の細い針は、どれもきちんとはかったように同じ位置にあり、顔の肉に軽く食い込んでいた。

身体に針が食い込むところを相手が見ざるを得ないよう、計算しつくした場所に、誰かがステープラーの針を打ち込んだのだ。

傷は決して深くないが、刺された男たちの恐怖心は傷の度合いとは比較にならないほど大きかっただろう。


椿が思い出す限り、マンション廊下にいた男たちはどれも壮絶な顔つきで倒れ伏していた。

やったのは、たぶん、今日ずっと深沢と一緒にいたあの長身の男。

美貌をニットキャップで隠し、真っ黒なロングコートをまとった夜の天使のような男だ。


だが今、椿が気にしているのはあの男が誰だったのか、という点ではない。

あの男が、ただの文房具で男たちを身動きできなくさせ、恐怖を与えて反撃の気力を奪ったことが重要だった。

今、椿には同じ技術が必要だから。


椿は寝室の周りをぐるっと見回し、文房具のありかを探した。が、飯塚のアパートの部屋の中など、椿にはわからない。

椿は必死さを押しかくして、すっくと立ちあがり、上から飯塚を見おろした。

背筋を、汗が流れる。

椿が口を開く。


「ステープラーは、どこ?」


ベッドの転がされたままの飯塚慎二が、目を丸くして尋ねかえす。


「ステープラー?」


びしっと、椿は声に込められるだけの威厳を込めて、飯塚に言った。


「お言い。どこなの」


飯塚はびくりとして


「あ…隣の部屋の…キッチンの引き出しの中…」

「引き出しの中?」


椿はまだ必死に威厳を保ちつつ、飯塚の言葉を繰り返した。

相手の言葉尻を捕らえて、責め立てるのも”女王様”のテクニックのひとつだ。椿は低い声で、飯塚をムチ打つようにもう一度いった。


「引き出しの中“です“。でしょう。言いなおしなさい」


ごくっ、と飯塚の喉が鳴った。

やりすぎたか?と一瞬だけ椿は思ったが、すぐあとに出てきた飯塚の声には、明らかなよろこびの音が底光そこびかっていた。


「ひきだしの…なか、です」

「歩いて、取っておいで。それぐらいできるでしょう」


飯塚がまだ迷っているので、椿はガツンと飯塚の横腹を蹴飛ばした。

飯塚の百八十センチ近い長身が、びくっとする。

椿は、ごめんなさいと心の中であやまった。しかし、もちろん声に出して謝ってしまっては、プレイが終わってしまう。


まだ、飯塚はきちんと夢の中に入り切っていない。

飯塚慎二につまらないプライドを捨てさせ、従属する喜びを選ばせるまでは、椿は一瞬たりとも気がぬけない。


女王様って、なんて大変なの。

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