第44話 このひとの余白を埋めるのは、舘林椿の仕事だ

ベッドの上で椿にのしかかられ、飯塚は目を白黒させながらうなっていた。


「はあ?きみ、何を言って…」

「セックス。いいでしょう、だし」

「何の報酬なんだよ、っていうか、俺が払うの?」

「決まっているでしょう」


椿はようやく飯塚のシャツのボタンをはずし終わり、これも乱暴に引きはがして脱がせた。

そのまま、じろじろと飯塚の身体を見る。

飯塚はあわてて自分の身体を椿の視線から隠そうとした。その飯塚の行動を、椿の声がぴしりとおさえる。


。あたしがいいって言うまで、動いちゃ、ダメ」

「…はい」


飯塚は目を丸くして、豹変したような椿を見上げた。椿はニヤリとして飯塚の両手を、あお向けのまま頭上にあげさせた。

それから、飯塚のデニムからベルトを引き抜く。


「え、さすがにそれは、椿ちゃん…っ」


椿は、手ばやくベルトで飯塚の両手を縛りあげた。ベルトを使った緊縛は、まだSMバーの女王様である姉のなつきから教わっていないが、仕方がない。

プレイに入ったら、流れが何よりも大切だと、なつきは言っていた。

この動きを途切れさせてはいけない、と椿は思った。


椿のひたいに汗がにじむ。

百八十センチ近い飯塚の身体を、百六十センチそこそこの椿がおさえ込むには、それなりの力がいるのだ。

しかし、その汗はけっして

余裕を持って奴隷の先回りをして、歓ばせて屈服させる。それが、女王様の仕事だからだ。


息が上がるのを必死で抑え、椿はベッドサイドに立った。

飯塚を見おろす。

ややおびえたような飯塚の目を見たとき、ぞくっと椿の指先にまで熱のようなふるえが走った。


この人を満たしてあげなければならない。

このひとの余白を埋めるのは、舘林椿たてばやしつばきの仕事だ。

他の誰にもまかせられない。

ああ。それにしてもハイヒールもバラムチもロウソクもないのに、いったいどうやったら女王様になれるんだろう。


椿は内心の動揺を押し隠した。

飯塚は従順な奴隷のごとく、おびえと不安と、あきらかな期待をもってベッドから椿を見上げている。

その時ふと、椿は今夜助けに来た男が、古いマンションの廊下でやっていたことを思い出した。


ステープラーだ。

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