第43話 「セックス」
深夜三時。静まりかえった
飯塚は、何といった?
『入らされてた』?
どこに??
飯塚の言葉の意味を本当に理解した瞬間、椿は思わず、口元をおおって悲鳴のようなものを押し殺そうとした。
「うそ。十一歳で?うそ」
「ホント。きみのところと正反対だろ」
「あのキズはどうやって?」
椿が尋ねると、飯塚は淡々と答えた。
「いきなりのセックスの後に、あの人が泣きながら正気に戻ったんだ。いや、半分はまだおかしかったな。俺に半狂乱であやまって、自分で自分を刺そうとしたんだ。それを防ぐつもりで、俺が勝手に刺された」
「…ひどい」
「それからさ、おれ、まともにたたないんだ」
誰に対しても、と飯塚は椿のかたわらにしゃがみこみ、泣いているような声でささやいた。
「どんなひとが相手でも、セックスなんてできない。服を脱ぐことさえできないんだ。
学校のプールにも、あれの後は入ったことがない。銭湯も温泉もダメだ。この傷といっしょに血だらけで泣きながら俺に謝っていたあの人の声が、耳からはなれない」
ぎゅっと、椿は飯塚の身体に手をまわした。
飯塚は椿に気づいているのか、ただうわごとのようにしゃべり続けた。
「ごめんなさいって言うんだ、あのひと。ごめんなさいって。俺がオヤジに似すぎているから、ついレイプしちまったんだって。
オヤジに似ているって?最低だよ、あんなだらしなくて、次々に女を作っては会社や自宅に乗り込まれてる男。大嫌いだよ。
なのに、俺はあいつに似ていて、あんなふうになるしかないのか?」
「ならないわよ。そんな人には、ならない。飯塚さんはちゃんとしている―――」
はは、と飯塚はうつろな声で笑った。
「ちゃんと?ちゃんとした男なら君を守れていたはずだろ、今夜”ダブルフェイス”の裏口で。俺は、暗がりで君とあの男が
飯塚がうなだれると、隣にいた椿はすくっと立った。そして飯塚の手をグイっとつかみ上げた。
はずみで、飯塚がころぶ。
「わ…椿ちゃん、何を」
「何をって決まっているでしょ!」
椿は飯塚を引きずるようにしてアパートの小さな部屋を突っ切った。そのまま寝室のドアをあけた。
どさっと、飯塚の百八十センチの長身をベッドに放り出す。
「ちょ…まって、椿ちゃ…わわっ」
飯塚があたふたするうちに、椿がベッドの上の飯塚に馬乗りになり、まずニットを引っぺがした。そのあたりに放り出して、飯塚のシャツのボタンにかかる。
「椿ちゃん、きみ、いったい何をして」
「セックス」
椿は忙しく答えた。
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